38話 悪夢の終わり
勝利の余韻が、闘技場を包んでいた。
この世界唯一のSランク認定依頼。
それが、いまフランの手により確かに達成されたのだ。
ベルゼに支えられたアイナが、眠るフランの前で小さく頭を下げる。
「……ありがとうございます、フラン。まさか、あなたに助けられるなんて……」
そのときだった。
ミラの水晶玉が、不規則に震え始めた。
「……おかしい」
誰にも届かない声。
闘技場の中央――
灰となって崩れゆくはずの、鎧騎士の残骸。
そこから、魔力が膨れ上がっていた。
「……鎧騎士、まだ……」
次の瞬間。
灰が、空中で集束する。
嫌悪感を伴う圧力が、場を覆った。
誰もが言葉を失う中、それは“形”を成した。
赤い眼。
灰色の肉体。
巨大な翼。
「あれって……教科書で見たことのある……」
ミラの声が震える。
「――アバドン。悪魔ですよね?」
凍りつく空気。
冒険者たちの身体が、恐怖で動かなくなる。
その前へ、ひとり歩み出た者がいた。
――役小角。
「人間ごときに、この姿を見せるとはな」
悪魔が嗤う。
それに対し小角が返す。
「随分と余裕だね」
アバドンは反応せず、口を開いた瞬間凍てつく息吹を放った――
しかしそれは小角の眼前で何事もなかったかのように消える。
「……なに?」
後鬼が、静かに呟く。
「一言主神……」
悪魔の動きが止まった。
拘束でも、封印でもない。
この世の存在を許してはいけない者。
――小角の目にはそう映った。
小角は、右手を軽く掲げた。
「すぐに終わらせる」
呪術の印が切られる。
――『虚空の式』
次の瞬間。
空間が欠けた。
音もなく、上半身を飲み込む光の玉――
悪魔の上半身は消え、
巨大な下半身だけが、遅れて地に落ちた。
……瞬きの間の出来事。
誰も、声を出せなかった。
前鬼が、ぽつりと言う。
「……終わりでいいかな」
後鬼は眠るフランへ視線を向ける。
「彼女は、何も知らなくていい」
小角は、闘技場を一度だけ見渡した。
「僕たちの目的は、これで完了です」
島に、静寂が戻る。
突如現れたモンスターとは別の存在。
それは、この世界が禁忌に触れている兆しだった。
しかし今は――
フランの知らぬところで、イルジョン島の事件は完全に終わったのだ。




