37話 勝利の女神
漆黒の鎧騎士と対峙するフランに、恐怖はなかった。
もしかすると――
2年前、この島で失ったものは、すでに取り戻していたのかもしれない。
「鎧騎士は念のため、声だけを封じています。
足音や斬撃音は残しています。戦闘に必要でしょうから」
「ありがとう、紅葉」
鎧騎士が長剣を構える。
それに応じ、フランも小鴉丸を抜刀の構えに置いた。
人とモンスター。
闘技場に、張り詰めた静寂が落ちる。
誰も息を吐けず、時間だけが流れ――
その沈黙を、後鬼がつまらなそうに破った。
――カツッ。
足元の小石を蹴った、ほんの小さな音。
それが合図だった。
フランが踏み込む。
電光石火の突き――2メートルを超える長剣の間合いへ一気に潜り込む。
鎧騎士は受け、即座に斬り返した。
剣と剣がぶつかり合い、雷のような火花が散る。
嵐同士の激突。
近づけば、命を落とす。
「すげぇ……これがAランク冒険者の戦いか……!」
「フランちゃん……」
同業者すら、ただ呆然と見守るしかなかった。
「Sランクでも……あそこまでの剣技は見ないよ……」
シルドが息を呑む。
黒と桃色、2つの閃光が闘技場を駆け抜ける。
地を蹴り、壁を踏み、空間すべてを使って衝突を繰り返す。
「……もう、見えねぇ」
「ええ。私ですら、光の糸にしか見えていません」
剣技は、電光石火。
疾風怒濤。
だが、やがて――差が現れた。
漆黒の鎧に、亀裂が走る。
動くたび、ヒビが増えていく。
防がれていたはずの斬撃は、確実に鎧の奥へ届いていた。
兜の隙間から血が噴き出し、胴からも赤が滴る。
鎧騎士は後退し、距離を取った。
荒い息が、仮面越しにも伝わる。
長剣を両手で握り締め、魔力を一点に集中させ始めた。
黒のオーラが剣全体を包み込む。
――次で決める。
逆巻く風が、すべて鎧騎士へ集まっていく。
フランは小鴉丸を鞘に納め、静かに抜刀の構えを取った。
「フラン。恐れることはありません。あなたは勝てます」
「ええ……この子も信じろって言ってる」
鎧騎士が脇構えを取る。
横一線――広範囲殲滅の一撃。
フランは、柄を握り締め、小鴉丸へ語りかけた。
「ありがとう。あなたが折れない子だから……
わたしは、本気で戦える」
鎧騎士が剣を振るった。
魔力の刃が解き放たれ――
――バリンッ!
振り切る“その瞬間”。
フランは間合いに踏み込み、長剣を叩き折った。
そのまま、背後へ――
鎧が砕け、袈裟懸けに血が噴き上がる。
呆然と立ち尽くす鎧騎士の背後から――
ザンッ!
首が舞った。
ゆっくりと、空を漂う。
兜から露わになった素顔が、後鬼の視界に入る。
「……やはり。想像通り、愉快なお顔でしたね」
次の瞬間、空を漂う火竜がそれを飲み込んだ。
胴体は灰と化し、崩れ落ちていく。
後鬼は視線をフランへ向けた。
フランは、力尽きたように座り込んでいた。
「素晴らしい戦いでした、フラン」
返事はない。
「……フラン?」
彼女は、大粒の涙を流していた。
恐怖への勝利。
仇討ち。
達成感。
すべてが溢れ出した涙。
後鬼は、そっと肩に手を置く。
「やっ……やった……わたし……勝ったんだ……」
そう言い残し、フランは意識を失った。
「フラン姉さん!」
「フランちゃん!」
「フラン!」
仲間たちが駆け寄り、勝利を抱き合って分かち合う。
後鬼は、フランを抱えながら静かに見つめた。
「――大変、良くできました」
前鬼が後鬼へ近づく。
「……後鬼」
「あなたとの話は、後です。下がりなさい」
その裏で、前鬼が凄まじく叱られていたことを誰も知らない。
――――――
「……うっ、ここは……」
歓声の中、アイナが目を覚ました。
「アイナ!」
「お兄ちゃん……?」
ベルゼが、ゆっくりと立たせる。
「みんなが助けに来てくれたんだ」
「!」
「……あの子たちは?」
「フランだ。この島の主を倒しやがった。
俺たち全員の命の恩人だ」
「……あの子が」
アイナの瞳に――
血と涙を越えた、17歳の勝利の女神が映った。




