34話 素敵な殿方の条件
洞窟内を進むのは、役小角、ミラ、ベルゼ、シルドの4人だった。
前鬼は少し先行し、周囲を警戒しながら歩いている。
フィートには救出した監視部隊とともに、洞窟の外で待機するように頼んだ。
足を進めるごとに、嫌でも目に入る。
通路のあちこちに転がる、モンスターの死骸。
斬られ、断たれ、原形を留めていないものも多い。
「……これを、ひとりでやったってのか?」
シルドが息を呑んだ。
先を行く前鬼が手をかけたモノもあるようだが、
ほとんどが鋭い斬撃によるものだ。
――フランの剣。
それが誰の手によるものか、疑う余地はなかった。
さらに進んだ先で、ベルゼが足を止める。
地面に転がっていたのは、潰れた剣の柄だった。
「……柄が、ここまで」
通常の剣では、これほどの数を斬り伏せる前に折れている。
フランの剣は、父が彼女のためだけに打った特注品――軽さと強度を極限まで追求したものだ。
それでも、耐えられなかった。
「ロッキ……フランは、無事なんだろうか?」
不安を滲ませるシルドに、小角は静かに答える。
「大丈夫ですよ。後鬼がそばにいますから」
洞窟の奥は、S字を描くように入り組んでいる。
攻め込みにくく、迎撃に適した構造。
ミラの感知魔術によれば、この周辺にモンスターの気配はない。
だが、気配を殺す敵もいる。油断は禁物だった。
すでに水晶玉は、フランとアイナの反応を捕らえている。
進む道は、間違っていない。
――その時。
「うわあぁぁぁっ!」
前方から、悲鳴が響いた。
「行こう!」
一行は一斉に走り出した。
叫びの主は、さらわれていたか監視部隊の隊員だった。
先行していた前鬼と鉢合わせになり、腰を抜かして叫んでいる。
その顔を見て、ベルゼが叫ぶ。
「監視部隊のサイモン! 無事だったか! アイナはどこだ!」
「ベルゼさん! それより、このモンスターを――!」
「そいつはモンスターじゃねぇ。ロッキの召喚獣だ」
「……はぁ?」
混乱したまま、サイモンは闘技場で起きていることを語った。
アイナが操られ、襲いかかってきたこと。
小柄な女性剣士が助けに入ったこと。
角を生やした女のモンスターに、逃げ道を教えられたこと。
その話を聞きながら、ミラが水晶玉を覗き込む。
「……おかしいです」
「なにがだ?」
「この先に、大きな魔力反応は2つでした。
でも……今はさらに大きな反応が2つ増えています」
「フラン、アイナのもとに……モンスターが2体が現れたってことか?」
次の瞬間。
ミラの顔色が変わった。
「――っ! 2人の反応が、消えました!」
「なに……?」
「まさか……やられた……」
「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ!」
小角は歯を食いしばり、前鬼を見る。
「前鬼、後鬼は?」
「……鬼気も呪力も感じない。何かあったと見るべきだ」
小角は鬼門遁甲盤を取り出した。
盤面に示されたのは――大凶兆。
生涯で、初めて見る大凶。
「……前鬼。頼みがあるんだ」
前鬼は無言で頷いた。
――――――
闘技場。
フランと後鬼は、魔術も呪術も封じられ、ユニコーンと漆黒の鎧騎士に追い詰められていた。
防御に全ての力を回しても、状況は悪化する一方。
鎧騎士の左手には、切断された腕が握られている。
後鬼の、右腕だった。
「はぁ……はぁ……」
「紅葉……!」
「わたしのことは気にしないでください。今は、自分のことだけを…………」
フランを庇った一撃だった。
鎧騎士が嗤う。
「奇妙だな。モンスターが人間を庇うとは。誇りはないのか?」
「お言葉ですが……天馬の力に縋って優位に立っているだけの方に、
誇りだのなんだの言われる筋合いはありません」
「ククッ……面白い。どうだ、余の配下にならぬか?」
後鬼は一瞬、黙した。
そして――
「……きっと、愉快なのでしょうね」
「あぁ、もちろんだ」
「……兜の下の顔は、きっと愉快なモノなのでしょうね」
それは、挑発だった。
フランへ意識を向けさせないための。
「……契約は不成立か。楽には殺さんぞ」
長剣が振り上げられる。
「紅葉――!」
フランが飛び出した、その瞬間。
――ズドドドドドォン!!
凄まじい爆音が洞窟を揺らした。
壁が吹き飛び、瓦礫と砂埃が闘技場を覆い尽くす。
「何事だ……!」
視界が晴れた時――
鎧騎士の前から、フランと後鬼の姿は消えていた。
ユニコーンが天を仰ぐ。
そこには――
右腕に後鬼を抱え、左手でフランとアイナのベルトを掴んで跳躍する前鬼の姿があった。
「はぁ~……どうやら、間に合ったみたいだ」
崩れた壁の向こう。
爆破した入口の前に、安堵の表情で立つ役小角。
素敵な殿方は――女の危機に間にあった。




