32話 剥製の円環
地上では、洞窟の入口を塞ぐ大岩の前に、全員が集まっていた。
「この岩をどかさねーことには、どうにもならんぜ!」
「これくらい、前鬼なら退かせられるよね?」
役小角は、暴れ足りない様子で腕を組む前鬼に声を掛けた。
前鬼は無言のまま大岩へ歩み寄る。
ベルゼたちは、何も言わずに道を開けた。
「……砕く方が早いな」
そう呟くと、前鬼は一切の予備動作もなく拳を突き出した。
――ゴンッ!
鈍い衝撃音とともに、大岩に無数の亀裂が走る。
次の瞬間、大岩は轟音を立てて崩れ落ち、洞窟の中が露わになった。
あまりに呆気ない光景に、ベルゼたちは言葉を失う。
「この中の連中は、俺がもらう。いいな?」
「……どうぞ」
前鬼は満足げに笑い、そのまま洞窟へと消えていった。
――――――
洞窟内。
アイナと攫われた監視部隊の1人を救出に向かうフランと後鬼は、奥へと進んでいた。
どれほどモンスターが襲いかかろうと、2人の前では意味を成さない。
互いの動きを理解し合ったかのような連携で、敵を次々と薙ぎ倒していく。
「紅葉……あなたの戦う姿、恐ろしいくらい美しいわ」
「それは誉め言葉かしら?」
「もちろん」
「ふふ。フラン、そういうあなたの戦う姿は、食べてしまいたいほど可愛い……」
「――あなたが言うと、冗談に聞こえないのだけど……」
軽口を交わしながらも、後鬼は常に感知を続けていた。
――そして、ふいに足を止める。
左手を伸ばし、フランを制した。
人差し指を唇に当て、静かに目配せする。
先に何かがある。
後鬼は岩陰に身を寄せ、下方を見下ろしていた。
気になったフランも、そっと覗き込む。
「あれは……フランが見ていいものなのかしら?」
「いったい、何?――」
視界が開ける。
巨大な空間。
くぼんだ円形の地面、その中央には闘技場が設えられていた。
周囲には観戦席があり、等間隔に並ぶ“銅像”のようなものが立っている。
「あの銅像……なに?」
「さて。本当に銅像でしょうか?」
フランは息を呑んだ。
それは――銅像ではなかった。
「……人間の、剥製!?」
「亡骸を人形に仕立てているのでしょう。いい趣味してますね」
フランの視線が、2体の剥製で止まる。
――忘れるはずがない。
父と、母。
「……どうして……」
「フラン、落ち着いてください。周辺の様子がおかしい」
突然、闘技場を囲む松明に一斉に火が灯る。
明るくなった空間の中、ゴブリンたちが先ほど連れ去った監視部隊の隊員を闘技場へと引きずり出し、拘束を解いた。
落とされた隊員が、混乱した様子で周囲を見回す。
それを見て、ゴブリンたちは下卑た笑い声を上げた。
そのとき――。
闘技場の反対側から、人影が歩み出る。
モンスターではない。
人だ。
「……アイナ隊長!」
隊員は呼び掛けたが、反応はない。
アイナは無言のまま剣を抜いた。
正気を失った目。
「あの方……操られていますね」
「ダメ……その人を斬ってはいけない!」
フランは後鬼の制止を振り切り、闘技場へと駆け出した。
「隊長……?」
閃光が観戦席に着地する。
アイナは剣を振り上げる。
フランはゴブリンを斬り伏せて突進する。
そして――
キィンッ!
間一髪、フランがアイナの剣を受け止めた。
「アイナさん! 正気に戻って!」
隊員は恐怖で膝を落とす。
「逃げて! すぐに!」
隊員が慌てて逃げ出した先に、後鬼の姿があった。
「そのまま道なりにお帰りください。外へ出られます」
叫び声を上げながら、隊員は走り去っていく。
「……やはり、この洞窟では素敵な殿方には出会えませんね」
闘技場では、フランとアイナの鍔迫り合いが続いていた。
――弱い。
剣技に芯がない。
力任せに振り回しているだけだ。
フランは決断する。
瞬時に背後へ回り、柄で後頭部を打つ。
ゴツッ!
――しかし倒れない。
意識とは無関係に、身体だけが操られている。
「……紅葉!」
いつの間にか、後鬼がアイナの隣に立っていた。
掌を彼女の顔に当てている。
「待って! 攻撃はダメ!」
「存じています」
『呪厄の浄』
光が溢れ、アイナの身体が宙へ浮く。
目、口、耳から、黒い霧が引き剥がされるように流れ出した。
「なに……これ?」
「こちらでは“魔力”というのでしょう。それを浄化しました」
黒い霧が消え、アイナは床に崩れ落ちる。
それをフランが抱き留めた。
フランは周りを見渡す。
「……この洞窟、どうなってるの?」
父と母、そして並ぶ剥製。
すべて、2年前に殺された冒険者たちだ。
怒りと悲しみが、胸を締め付ける。
「こちらの世界に来て、初めてですね……」
後鬼が静かに告げる。
「――本当に、悪意の塊と呼べる存在と対峙するのは」
「……紅葉?」
「来ますよ。この島の“悪”が」
闘技場の奥。
角を生やした馬に跨り、漆黒の鎧を纏う騎士が姿を現した。
それは――
2年前、フランからすべてを奪ったモンスターだった。




