3話 地獄の村と動かぬ時間
役小角が家を出ると――
村は、すでに地獄だった。
血と腐臭が混じった空気。
崩れた家屋。
原形を留めない肉片が、地面に散らばっている。
つい先刻まで、人だったものだ。
トロールの群れが、それらを楽しげに喰らっていた。
巨大な棍棒を振り回す個体もいる。
――いや、それは人間の脚だった。
逃げ惑う村人を地面に叩きつけるたび、鈍い音が響く。
「逃げろ……!」
誰かが、かすれた声で叫ぶ。
だが、もう遅い。
四方からぬらりと影が現れる。
大型、中型、小型――数は50体を超えていた。
「……全滅する」
村付きのCランク冒険者が呟いた瞬間、悲鳴が上がった。
前衛の剣士が叩き潰され、後衛が引き裂かれる。
抵抗は、意味を成さなかった。
――――――
ロッキの父、ゴーシも戦列に立っていた。
だが、一撃すら当てられず壁に叩きつけられ、地面に転がっていた。
右脚は潰され、立つことはできない。
そこに回復魔法使いのミラが、必死に治癒を試みていた。
「……ミラちゃん、逃げろ」
「ゴーシおじさんも……!」
「無理だ……早く……にげっ」
トロールたちが、嘲笑いながらふたりを見ている。
獲物を見る目。
余興を待つ目。
「……来るんじゃなかった……」
ゴーシは、腹立たしいほど澄み渡っている空を見上げた。
もう一度、震える手で折れた剣を握り直す。
「すまん……ニーナ……ロッキ……」
真ん中のトロールが、棍棒を振り上げた。
「ちきしょう! ニーナッ! ロッキッ!」
死を覚悟したゴーシは目を閉じた。
――その瞬間。
世界が止まる。
トロールも。
埃も。
風も。
宙を舞う血すらも。
「……?」
足音が聞こえる。
軽い。
まるで、散歩にでも来たような足取りに感じた。
その足音はゴーシの前で止まり、声が聞こえた。
「父上、お呼びですか?」
聞き覚えのある声に息が詰まった。
ゴーシは慌てて顔を向ける。
「……ロッキ?」
聞き間違えるはずのない声。
ここにいてはいけない存在。
「お前……なにを……」
「安心してください。動けなくしました」
ロッキ――否、役小角は静かに周囲を見回した。
壊れた人。
嗤う妖。
「……まったく、趣味が悪い」
彼は、父の脚へ視線を落とし、潰れた脚を見る。
「父上。少し失礼」
言葉が落ちた。
《壊れた理よ――巻き戻れ》
次の瞬間。
潰れていた脚が、音もなく修復されていく。
痛みはない。
血も、歪みも、消えている。
「……な、何を……?」
「後で説明します」
小角は、トロールへ向き直る。
「――邪魔ですね」
言葉が、世界をなぞった。
《この地に満ちる穢れ――理より消え失せろ》
次の瞬間――
音も、光も発することなく、
すべてのトロールが、同時に崩れ落ちていた。
目の前の景色に言葉を失うゴーシ。
その傍で、
――ズキッ!
小角の頭に、鋭い痛みが走った。
「……?」
一瞬だけ、視界が歪んだ。
――この世界では負荷がかかり過ぎている。
術の連続発動は控えたほうが良さそうだ。
小角は何事もなかったかのように立っていたが、
わずかに呼吸が乱れていた。
これから物語は急展開します。
よろしくお願いします。




