23話 イルジョン島
――イルジョン島・地下闘技場
馬に跨る鎧騎士の左手には、切断された右腕が握られていた。
その眼前には、腕から血を流れ落とす2本角の女が。
「はぁ……はぁ……」
「紅葉っ!」
「わたしのことは気にしないでください。今は、自分のことだけを…………」
やはり来るべきでは無かったのか――
フランの心に後悔がよぎる。
そしてフランは思い出す。
2年前に味わった、この島での殺戮を――
家族や、仲間を、数時間で失った地獄を――
そして……剣と、己の心が砕かれたあの日を――
――――――
イルジョン島。
この島を当初、ギルド協会本部は
知的モンスターの占領、または魔界と繋がる空間の歪みだと疑っていた。
感知術を使い、
島内の3か所に強力な魔力を確認。
ギルド協会本部は入念な会議を何度も行い、世界中の精鋭冒険者を集めた。
総勢30名。
その中には、Sランクの冒険者が3名参加していた。
目標とする3か所へ3部隊に分かれて同時攻撃――同時制圧。
それが、本部の立てた作戦だった。
結果――
その作戦は、過去最悪の惨事となった。
Sランク1名。
Aランク3名。
Bランク9名。
たった1日で、これだけの戦力を失うことになったのだ。
しかも、モンスターの討伐は失敗。
発生源の特定にも至らなかった。
イルジョン島は現在、
未攻略のSランク案件として管理されている。
……いや、
放置されていると言った方が正確だろう。
これほどの犠牲を出した島に、
本部はもはや簡単に手を出せなくなっていた。
協会は島から最も近い港に基地を設け、
定期的な監視のみを続けるという判断を下した。
イルジョン島は、その港から船でおよそ3時間。
決して近くはないが、遠すぎるわけでもない距離にある。
今回、本部長ポンズのもとに届いた文。
赤字で【緊急案件】と記されたその内容には、
港の監視基地に配置されていた小部隊の4名が
行方不明になったと書かれていた。
それを読んだポンズが、
慌てて秘書を呼び寄せたのも無理はなかった。
――――――
エルフと遭遇した集落から帰還して、1週間。
フラン、ロッキ、バーリの3名は、
ギルドハウスへと呼び出されていた。
エルフ討伐依頼の報酬が支払われるためだ。
結果は――
1人あたり、金貨40枚。
依頼の完遂に加え、
密猟の発覚と解決が評価に上乗せされた形だった。
各自が報酬を受け取る中、
そこにミラの姿はなかった。
ミラは、ギルドマスター・カフザの推薦により、
冒険者昇進試験を受けるため、大都市シーアにいる。
集落で見せた感知魔術。
結界解印。
どれもCクラスとは思えぬ実力だった。
カフザの後押しもあり、
再試験という形での挑戦が決まったのだ。
「ミラの分は、帰って来てから渡す。
再試験はすでに終わって、今は結果待ちだろう。
発表は明日、帰りは明後日あたりになるはずだ」
「マスターよぉ、なんで俺は昇進試験推薦してくれねぇんだ?」
「……バーリは、次の機会にするつもりだ。今回は許せ」
「チッ!」
自分とミラの力量差を理解していないバーリに、カフザも苦笑するしかなかった。
――――――
大都市シーア。
先日、パジャン村のギルド閉鎖に動いていたベルゼ達が住む都市。
ここに、世界中のギルドを束ねるギルド協会本部が置かれている。
ベルゼとフィートは、その本部付きの冒険者である。
役小角からすれば、
あの2人は手強い相手ではなかった。
しかし彼らは、本部所属の冒険者として、かなりの実力者なのだ。
特に――
ベルゼとの戦いの最中。
小角の喉元に剣を突きつけ、
割って入ってきたリーダー格の女性、アイナ。
彼女の実力だけは、
明らかに他を抜いていると感じていた。
気品ある白の鎧。
腰に下げた、小型の斧のような武器。
あの小斧から発せられる異質な魔力が、ずいぶんと印象に残っている。
「シーアに行く機会も滅多にないからな。
もしかすると、ミラは2、3日泊まってくるかもしれんな」
「問題ありません。
最近は大きな依頼もありませんし、わたし達3人で対応できます」
フランが、静かに答えた。
穏やかな午後。
持ち込まれる依頼も比較的軽いものばかりで、
ギルドハウスには久々に笑顔があった。
――だが。
それは、嵐の前の静けさだったのかもしれない。
ひとりの受付嬢が、
血相を変えて会議室へ飛び込んできた。
「マスター!お客様がお見えです!」
「……お客様?」
彼女が連れてきた人物を見て、カフザは目を見開いた。
ギルド協会本部所属――
剣士ベルゼと魔法使いフィート。
フランは、無意識に呼吸を止めてしまう。
事前連絡もなく現れた2人に、
カフザは慌てて声をかける。
「これはベルゼ殿、フィート殿。
どうなさいました?」
「突然の訪問、お許しください」
ベルゼは硬い表情のまま、
小角とフランをまっすぐに見据えた。
「ここにいるフランとロッキに、話があります。
申し訳ありませんが、他の方は退室を」
ただならぬ空気が、室内を満たす。
カフザは察し、
動こうとしないバーリの耳を引っ張って外へ出た。
会議室に残ったのは、4人だけ。
ベルゼとフィートは、
小角とフランに深く一礼した。
その瞬間、小角は悟った。
――ろくでもない話が舞い込むな。
――――――
2人は腰を下ろすなり、
前置きもなく本題を切り込んできた。
「閃光のフラン。 そしてロッキ」
ベルゼの声は、異様なほど低かった。
「お前達を見込んで、俺から直接、依頼したいことがある」
「……わたし達に、依頼ですか?
それに、今日はずいぶん慎重な話し方ですね」
「フラン……断られると分かっている。
それでも、頼ませてくれ」
「?」
「イルジョン島へ、同行してほしい」
フランの目が、大きく見開かれた。
小角もまた、言葉を失う。
イルジョン島。
フランが冒険者を引退するきっかけとなった島。
ギルド協会ですら、避け続けてきた島。
そして――
彼女自身が、忘れようとしている島の名だ。
「……ベルゼ様。今、なんと?」
「フランとロッキ。お前達に、イルジョン島へ来てもらいたい」
静かな言葉が、
重く、部屋に落とされた。




