21話 不可解な生き物
ロンズが張っていた複数同時局地結界が、音もなく崩れ落ちた。
その瞬間、縛り付けられていた身体が解放される。
役小角は息を吐く間もなく、声を張り上げた。
「――ミラさん!」
「うん!」
ミラは即座に魔力を集中させ、教会全体に巡らされていた結界の解印に取りかかった。
すると、まるでガラス細工が砕け散るように、空間そのものがひび割れ崩壊した。
ロンズの野望も、切り札も、――すべて失われた。
「バーリ! ミラさん! エルフの解放を!」
「おう!」
2人は教会内へ駆け込み、檻へと向かう。
密猟者たちが人の命よりも大切に守ろうとしていた商品は、あっけなく失われようとしていた。
「や、やめろぉっ!」
ロンズが地面にへたり込みながら叫ぶ。
「金貨300……いや、500枚以上の値打ちがある上物だぞ! それを……!」
役小角は冷え切った目でロンズを一瞥し、エルフのリーダーへ向き直った。
「見ての通りだよ。僕たちも騙されてここに来た。君たちの仲間は返す。
――これで、手打ちにしてもらえないかな」
エルフのリーダーは沈黙したまま、鋭い視線で人間たちを見据える。
その背後で、バジルが震える声を上げた。
「ロンズ神父……!
わ、私たちは……どうなるのですか……?」
ロンズは答えなかった。
俯いたまま、土を握り締めるだけだ。
前鬼が背後に立つこの状況――下手に動けば殺される。
それが、嫌というほど理解できていた。
やがて――
5体のエルフが地面に降り立った。
彼らは前鬼から視線を逸らさず、最後まで警戒を解いていない。
「……ロキ坊。その黒いモンスターは、君の召喚獣なの?」
「はい。前鬼は僕の仲間です。敵ではありません」
そのとき、教会の中からバーリとミラが現れた。
2人に支えられ、女エルフが外へ出てくる。
身体に大きな傷はない。
だが、瞳には深い恐怖と絶望が残っていた。
「フォーレ!」
「……お父様」
「遅くなった……すまない……!」
エルフたちは一斉に駆け寄り、再会を喜び合った。
その光景を見届けた後、フランは静かに前へ出る。
前鬼に押さえられたロンズ神父を、まっすぐに見据える。
「ロンズ神父。
エルフ密猟、売買、そして殺人。――その罪により、あなたを拘束する」
フランとバーリは、ロンズとバジルを縄で縛りあげた。
「早朝、ここから一番近い街へ連行し、あなた方を審問官へ引き渡します」
そう宣言したフランは、エルフたちへ向き直る。
「……あなたたちの仲間を斬ったのは、わたしです。
突然の襲撃で戦闘を避けられなかった。――許してほしい」
「……ふん」
エルフのリーダーは吐き捨てるように言った。
「人間ごときに遅れを取り、殺されるなど一族の恥さらしだ。死んで清々する」
「……ごめんなさい。わたしには詫びることしかできない……」
そこへ、役小角が口を挟む。
「こちらも人間を7人殺されている。
密猟者の罪は裁かれることだし――痛み分けで、収めてもらいたいね」
「……計算の上で言っているな、お前」
エルフのリーダーは小角を睨みつける。
「……今ここで争えば、我らは無事では済まぬ」
「僕たちに、敵意はないよ」
「変わった術師、早剣の女、そして角を持つ黒きモンスター、
……今回は退いてやる。
だが次に会う時があれば、必ず殺す」
フランは、ロンズたちを必ず人間の法で裁くと誓った。
エルフたちは納得した様子ではなかったが、翼を広げ、夜空へと舞い上がる。
去り際、エルフのリーダーがフランへ告げた。
「同族殺しは、我らにとって最も重い罪になる。
その2人は、逃げる同族を狩るように殺していた。
泣き叫ぶ子供の前で、両親を刺し殺していた――その光景を、我らは見ていた」
「……吐き気がする」
フランが呟く。
「我らなら、即刻死刑だ。
同族を殺した者に生きる道を与える――人間とは、不可解な生き物だな」
6体のエルフが空から人間を見下ろす。
フォーレもまた、人間たちを見下ろしていた。
フランは、人間を代表して頭を下げる。
「……本当に、申し訳ない」
フォーレは父にしがみついたまま、震える声で言った。
「わたしは――」
一瞬の間を置き。
「未来永劫……人間を許さない」
その言葉を残し、夜空へ消えていった。
――――――
エルフたちが去った集落で、4人は集まった。
フランは自分が騙され、密猟者のために剣を振るった事実を噛み締めていた。
そして、エルフに言われたあの言葉が脳裏を離れない。
『同族を殺した者に生きる道を与える、不可解な生き物』
もし、この世界が怒りで裁ける世界なら――
フランは、今すぐ密猟者に剣を振るっていたかもしれない。
「とにかく……夜明けを待とう」
バーリが重く言う。
「伝書鳩で後発隊を呼ぶ。あとは彼らと審問官に任せりゃいいんだ」
「……そうですね」
ミラも頷く。
「生き残った人たちに、安全を伝えましょう」
そのとき――
拘束されているロンズが声をあげた。
「閃光のフラン殿……どうか……!
老い先短い身だ……牢獄だけは……!」
フランが剣に手を掛けた――
わずかに殺気が走る。
「……フラン?」
バーリが声をかけた、その瞬間――
ヒュン――
ヒュン――
ドスッ。ドスッ。
鈍い音。
気づいたときには、ロンズとバジルの額に矢が突き刺さっていた。
――2人は、即死だった。




