20話 親愛なる神父へ鬼を捧ぐ
「――ロッキ君、解除できそうだよ!」
ミラの声が、月夜に響いた。
ロッキは、反射的にフランを見る。
剣を握ったまま、フランは動けずにいた。
視線は前を向いている。
だが――戦えない。
――今、戦わせたら彼女が壊れるかもしれない。
正義も悪も、ここにはない。
あるのは、奪われたものと、奪ったものの後始末。
ロッキは、決断する。
「ミラさん。解除してください」
フランが、はっと顔を上げた。
「エルフを、解放しましょう」
「……うん!」
その瞬間。
「やめろー!」
バジルの甲高い声が割り込んだ。
「女エルフだぞ!? 金貨100枚以上の価値があるんだ!」
誰も、言葉を発しない。
その沈黙を、ロッキは冷たく断ち切る。
「……知らないよ」
ミラが、教会の結界へ意識を集中させる。
――その時だった。
「きゃっ……!」
ミラの身体が、光の縄に絡め取られた。
悲鳴と同時に、全身の力を抜いていく拘束術。
「ミラ!?」
バーリも、同じ光に捕らえられる。
視界の端で、フランが、エルフたちが、次々と動きを止められていく。
――局地結界。
しかも、複数同時展開。
それは、Aランク冒険者でも容易ではない芸当だった。
「……ふむ」
足音が、静かに響く。
背筋を伸ばし、ゆっくりと歩いてくる老人。
先ほどまでの、弱々しい司祭ではない。
――ロンズ神父。
「理想通りではないが……悪くない結果だ」
彼は満足げに、周囲を見渡す。
「鬱陶しいエルフを一度に捕らえられた。上出来だろう」
フランが、苦痛に顔を歪めながら問いかけた。
「……神父。これは、どういうことですか」
「閃光のフラン……」
ロンズは、愉快そうに目を細める。
「まさか、引退したAランクが復帰して来るとは思わなかった。
だが――好都合だ」
「集落が襲われているという依頼は……?」
「……嘘だよ」
即答だった。
「そこそこの冒険者が来れば、エルフと戦かって数を減らしてくれるだろう。
運が良ければ、男のエルフも捕獲できる。男でも売ればそれなりの金になるわな」
怒気を孕んだ声が、夜に響く。
「貴様……!」
エルフのリーダーが、ロンズを睨みつけた。
「老いぼれとその男、そして数人の人間で、我が娘を捕らえ辱めた!
許されると思うな!」
「威勢がいいな」
ロンズは肩をすくめる。
「このエルフは殺す。残りは若い。女もいる……金になる」
「……人間ッ!」
「こちらも、仲間を7人失っている。慰謝料だよ」
ロッキは、静かに問いかけた。
「……密猟者以外で殺された人たちは?」
ロンズは、つまらなそうに答える。
「我々に気付いた者や、告発しようとした者だ。
金で黙らなかったから殺した。それだけだ」
「……」
「ふんっ――」
ロンズは笑う。
「女魔法使いとエルフが手に入れば、すべて帳消しだ。
私は大金持ちになる」
彼は、ミラの前に立った。
拘束された彼女の顎に、指をかける。
「私の庇護下に入る気はないかね?
才能がある。殺すのは惜しい」
「……」
無言――。
ロンズは、短刀を抜いた。
「では、不要だ」
「――やめろ!」
フランが叫ぶ。
ロンズは、楽しげに笑った。
「できるものなら止めてみろ……閃光のフラン」
短刀が、ミラの首元に触れた――その瞬間。
ロンズは真っ青になりながら、呼吸を乱していた。
いつの間にか。
神父の背後に、それは立っていた。
黒く隆起した筋肉。
額に生えた一本角。
人ではない威圧感。
異界の存在――
前鬼。
ロンズの頭を、上から摘まむように掴んだ。
「……頭、取るか?」
声は低く、感情がなかった。
ロンズの顔から、血の気が消える。
膝が崩れ、地面にへたり込んだ。
その瞬間――
結界が、音もなく崩壊した。
――だが。
まだ何も解決していない。
真実の夜が、ようやく口を開いただけだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
一つの集落で起きた、ある夜の出来事。
このエルフ編は、あと2話で一区切りとなります。
この夜が、どんな形で終わるのか――
もう少しだけ、お付き合いください。




