追放者、愚痴をこぼす
ギルドでワイバーン討伐の依頼を受けたあと、四人はひとまず落ち着こうと、近くの食堂へ足を運んだ。
夕方で活気のある店内は、鍋料理の匂いと酒の香りが混ざり合っている。
奥まった四人席に腰を下ろすと、なんとなく気まずい沈黙が落ちた。
「えーと……まあ、せっかく組むことになったんだしよ」
ガルドがジョッキを持ち上げる。
「よろしく頼むってことで、乾杯だ」
「乾杯」
リアンも控えめにグラスを合わせ、
エリスはきっちり姿勢を正してからグラスを掲げた。
サイラスだけは飲み物を手にしながら、
中身の液体を興味深そうに眺めている。
「……この醸造方法は魔力の発酵とは違うのに似た風味が……」
「先生!乾杯!」
リアンが慌てて声をかけると、
「あ、はい。乾杯」
と軽くグラスを合わせた。
料理が次々と並べられ、
緊張が少しずつほどけていく。
「ちょっと聞いてほしいことがあって……」
リアンはスープの器を見つめながら、小さく唇を噛む。
「私、勇者様に“無敵だからもう回復は要らない”って言われたけど……実際は、私が常に治してたから負けなかっただけで。でも、勇者様はそれを自分の実力だと思ってて……」
ガルドが眉をひそめる。
「お前がいなきゃ、そんなパーティーなんてとっくに全滅してるだろ」
リアンは困ったように笑う。
「それなのに、“役立ってない”って言われちゃって……はは……」
ガルドはジョッキの酒を一口飲んで、どん、と置く。
「俺なんてもっとひでぇぞ。“全員が強くなったからタンク不要”だとよ。その“強さ”を作ってたのは誰だと思ってんだって話だ」
「ガルドの防御分配スキルよね」
エリスが淡々と補足する。
「そう。俺の高い防御力を味方に渡してたんだ、そうしたら全員が『防御力が上がった』と勘違いして浮かれちまってよ。で、自分たちが強くなった気になって……俺を切るってわけだ」
リアンが唇を尖らせる。
「ひどいよ、そんなの」
「だろ? ……まあ、今さら戻れって言われても蹴っ飛ばしてやるがな」
エリスは綺麗な姿勢のまま、じっとスプーンを見つめていた。
「私の隊のトップの騎士……“二番手の影に自分の輝きが隠れている”と言って、私を追い出したの」
リアンが目を丸くする。
「そんな理由で……?」
「ええ。今まで彼の隙を突いてくるモンスターを倒していたのは私なのにね……少し、悔しかったわ」
ガルドがため息をつく。
「強い奴ほど、周りの支えを忘れがちなんだな」
エリスはわずかに微笑む。
「でも今日、あなたたちと戦って思ったわ。“支え合う強さ”って、こういうことなのね」
リアンがふと思い出したように振り向く。
「そういえば……サイラス先生――」
「先生、と呼ばれるのはもう違いますよ」
サイラスは困ったように笑う。
「……解雇されましたので。今はただの魔法使いです」
その言い方があまりにも淡々としていて、
逆に痛々しく聞こえた。
ガルドが腕を組む。
「でもよ、あんた学園の結界も整備してたんだろ? それでもいらねぇって言われるのか?」
「ええ、“研究ばかりで学園に貢献していない”と。……目に見える実績がないと、評価されないものですよ」
サイラスは小さく肩をすくめた。
「研究が好きで、つい熱中してしまうんです。周りから見れば……まあ、変わり者でしょう」
エリスがすぐに言葉を返す。
「変わり者でもいいじゃない。役に立ってるわ」
サイラスはわずかに目を細め、照れたように笑った。
愚痴が全部出たおかげか、4人の表情がようやく軽くなった。
ガルドが皿の肉を食べながら言う。
「しかしこうして見ると、俺たち全員……見事に勘違いされて切り捨てられた連中だな」
「えへへ……“追放パーティー”って感じだね」
リアンがうっかり笑うと、
「やめてくださいよ……名前がひどい」
サイラスが頭を抱え、
「でも悪くない響きだわ」
エリスがまじめに返し、
「いや悪いだろ!」
とガルドが突っ込んだ。
そのやり取りに、テーブルの空気がいっそう柔らかくなる。
食事の終わり、サイラスが表情を引き締めた。
「ワイバーンについて少し話をしておきます。明日向かう場所は、恐らく巣の近くでしょう。住処を守っていて気が立っているはずです」
リアンが緊張した面持ちで頷く。
「大丈夫かな……?」
「あなたたちがいれば、大丈夫です」
サイラスはきっぱりと言い切った。
ガルドが笑う。
「頼もしいじゃねぇか、元先生」
「……変な呼び方しないでください」
サイラスは苦笑した。
エリスは剣の柄にそっと手を置き、静かに言った。
「明日から、私たちが本当のパーティーね」
4人は自然と視線を合わせ、
ゆっくり、確信するように頷いた。
――ここから始まる。
今度こそ、自分たちのための冒険が。
食堂を出て宿へ向かう途中、背負っている大きな荷物の重みでリアンの体がぐらりと傾いた。
「わっ、ちょっ……重い……!」
慌てて支えるガルド。
「おいおい、何入れてんだこれ。フラフラしてんじゃねぇか」
リアンは申し訳なさそうに笑う。
「えっと……薬草とポーションと包帯と、あと非常食と、お守りと……」
「回復役の“持ちすぎあるある”ですね」
サイラスがくすりと笑う。
エリスは荷物をひょいと持ち上げた。見た目に似合わず力がある。
「筋力トレーニングでもしてるの?」
「い、いや……なんとなく、あったほうが安心かなって……」
ガルドは呆れたように笑うが、どこか優しい。
「安心するための荷物で転けてどうすんだよ。お前の実力があればこんなもん要らねぇよ、半分くらい置いてこい」
リアンの顔がぱっと明るくなる。
「うん……ありがとう!」
4人は自然と笑い合いながら歩き出した。
宿に到着して男女で部屋を分けた後、廊下を歩くエリスをリアンが見つけた。
「エリス、どうしたの?」
「……いや、見回りの癖が。体が勝手に動いてしまって」
彼女は討伐隊時代、夜間巡回を日常としていた。
それが抜けないのだ。
リアンが微笑む。
「えへへ、エリスなら安心できるね。でも今日はもう休んでもいいんだよ?」
「そうね……あなたたちが一緒なら、少しは気を抜いてもいいのかも」
エリスはほんの少し頬を緩め、部屋に戻っていった。
宿の玄関前では、宿主が壊れたランタンと格闘していた。
「……まだ灯りがつかないな」
宿主が困っていると、サイラスが覗き込む。
「ただの接触不良ですね」
「直せるのかい?」
「ええ、ここをつなぎ直すだけで……はい、点きましたよ」
ランプが柔らかく光る。
宿主は目を丸くする。
「うわぁ……助かったよ!」
「やっぱり先生はすげぇな!」
近くで見ていたカルドが口を挟む。
「……いえ、もう先生では――」
「いいじゃねぇか、先生で。似合ってるぞ」
サイラスは少しだけ照れたように視線をそらした。
「……そう言われると否定しづらいですね」
宿の広間。
4人は自然と同じテーブルに集まっていた。
ガルドが腕を組む。
「なんか、今日だけでけっこう仲良くなった気がするな」
エリスが静かに頷く。
「不思議と、居心地がいいわ」
リアンは笑顔で言った。
「明日からもっと頑張れる気がする!」
サイラスは柔らかく言う。
「問題はワイバーンですが……まあ、私たちなら大丈夫ですよ」
その言い方がとても自然で、
まるで昔からの仲間のようだった。
外は静かで、夜風が心地よく流れている。
4人はそのまま、日付が変わるまで語り合っていた。




