黄金比の歌声
日没後、西の空でひときわ明るく輝く金星を手で隠す。
その光に照らされるタンポポを、私は靴の先で踏み潰した。
指の隙間から漏れた光は、まるで古い譜面の一節みたいに揺れている。
黄金色に照らされる私の沈黙は、形の中で悲観的なベールをかけられ、非寛容的である優しさの視座をなかったことにされる。
「はぁ……何一人で考えてるんだろう」
声が漏れた瞬間、隣に知らない男子生徒が立っていた。
彼は少し首を傾げ、風に髪を流しながら言った。
「——タンポポには真心の愛って意味があるらしいぞ」
「そうなんですね」
「——君はタンポポが嫌いなのかい?」
「そんなことないですよ」
「——じゃあ、なんで踏み潰したんだい?」
「どこへ行っても世界は花開いている。それでも詩は産まれてしまうんです」
「——それで愛や幸福が分からなくなってもかい?」
「私にとってタンポポは、集団に身を溶かすことと一緒なので」
彼は少し笑った。
その笑いには、皮肉も軽蔑もなかった。むしろ、何かを思い出すような遠い温度があった。
「——じゃあ、君にとって詩ってなんだい?」
「ウタですか?」
「——ああ、言葉のことだ。音楽のようで、でも音楽じゃない」
「詩は……音楽だと思います。
ただし、拍子も旋律もない。
俳句や短歌みたいな黄金比の中で完成してしまうものではなくて、たぶん、壊れる寸前の比率の中でしか生まれないもの」
「——壊れる寸前、か」
「リズムの美しさだけで完結する詩なんて、ただの記念写真みたいだと思うんです。
美しさの保存をしているだけなら、形式芸能と変わらない。
季語を探すことも、花言葉を覚えることも、言葉を閉じ込めるだけの儀式に見えてしまう」
「——それでも人は、その儀式に救われることもあるでしょ」
「でも、救いを前提にした言葉は祈りじゃない。
それは制度だと思います。
花言葉も季語も、理解の形を強要してくる。
それって、詩を殺すことと同じじゃありませんか?」
「——君はずいぶん攻撃的な詩人だな」
「詩人じゃないです。
ただ、反内容主義であり、詩をまだ愛しているだけです」
彼はタンポポを拾い上げた。
潰れた花弁が風にばらけ、地面に金色の粉のように散っていく。
「——でも、最初にその形式を作った人は偉大じゃないか?」
「もちろん。最初の人は。
ただ、やっぱり価値があるのは最初だけなんだと思います。
二番目に同じことをする人は、美しさの残骸をなぞっているだけ。
そして三番目には、もう何も感じなくなる。
でも、時々思うんです。
形式を作れる才能はあっても、未来を考えられない人がいる。
彼らは、いま形になったものの中でしか呼吸できない。
マルクスでさえ世界の速度を見誤ったのなら、私たちが見ている形式なんてもっと脆い。
形式って、内容主義である人間しか乗れないのかもしれません。
内容を持たない形式は、誰にも触れられないから。
でも——反内容主義者だけは違う。
どんな文章だって、必ずどこかで私たちを見つけてくれる。
意味よりも先に、感覚が届く。
そういう人は、自ら進んで泥舟には乗りたがらない。
沈む舟の上で、初めて呼吸できる人もいるのに」
「——それは残酷な言い方だ」
「美に価値を与えた人が残酷なのか、それを信じ続ける人が残酷なのか、私には分かりません。
でも、詩を愛する人は大惨事も愛するんです。
彫像を支持する者は、遺跡も支持するんです」
「——壊れてこそって事か?」
「形とは、崩壊の保存です。
言葉も、音楽も。
だから、詩を守ろうとする人たちは、詩を死なせている気がする」
「——それでも、彼らは知っているんだろう。詩は理解できないものだと」
「それが問題なんだと思います。
なぜこれほど多くの批評家、これほど多くの作家、哲学者たちが、芸術作品の経験は言葉で言い表せないと主張することに、あんなにも満足しているのか。
なぜ彼らはあっさりと、知識の敗北を誇るのか」
「——それは、哲学が敗北の歴史だからじゃないのか?
それに重なる自分を愛しているとか」
「愛してるのは敗北じゃなくて、敗北の特権です。
理解不能と言えば、誰にも説明しなくていい。
それはある種の高貴さの演出。
美学の背後にある、所有者の快楽」
「——じゃあ、君は理解できる詩を求めてるの?」
「理解できる詩じゃなく、理解しようとすることが詩なんです。
定義ではなく、到達不可能性の試行」
「——その言葉の違いは大きいな」
「理解という行為そのものが、もう音楽だから。
人は言葉を発する前に、すでに音楽を奏でているんです。
言葉の傾向は、数学の定理と芸術としての言葉、この二つだけ。
他は全部、ビジネス言語。
注文と返信。効率と即答。
ビールを頼む言葉と、愛を歌う言葉の違いを、誰も区別しなくなってる」
「——詩は、注文ではないと」
「ええ。詩は、待つことです。
でも、最近の詩は待てなくなってる。
観測される前に答えを出してしまう。
まるで自分の沈黙を恐れてるみたいに」
「——それを恐れと呼ぶなら、誰だって詩人じゃなくなる」
「だから、私はもう詩人じゃない」
空が群青に沈み、金星が少しずつ見えなくなっていく。
風が吹くたび、花の残骸が宙に舞う。
彼は空を見上げたまま言った。
「——言語学って知ってるか?」
「少しだけ」
「——ソシュールが言ったんだ。外的要素を排除して、言語を内的構造として研究した。
つまり、言葉を社会や身体や地理から切り離した。
それが近代言語学の始まりだった」
「それはまるで、花を根から抜いて、花弁の比率だけを数えるようなものですね。
構造言語学は、自律性の幻想から生まれた。
だからどこかで、支配の科学になった。
象徴を独立させた瞬間、人は言葉を支配できるようになった。
でも、言葉は風でできてる。
形を持った瞬間に死ぬ。
カッシーラーが言った実体主義って、まさにその病です。
直感で得られる現実しか信じない思考様式。
だから彼らは、直感できない詩を怖がるんです」
「——じゃあ君はどうやって詩を書く?」
「ただ、詩が生まれるのを待つだけ。
花が咲くように。
比率も意味もない、偶然の黄金比が訪れる瞬間を」
「——偶然の黄金比、か」
「それが私の歌声。
黄金比は完璧じゃない。
むしろ、欠けた場所からしか鳴らない」
夜風が吹き抜け、金星が完全に沈む。
彼は最後に、小さな声で呟いた
「——それでも、世界はまだ花開いている」
「だから私は、歌を止めるつもりはない」
「——詩のために?」
「詩のためじゃなく、詩が壊れる瞬間のために」
風の中で、踏み潰されたタンポポが光った気がした。
黄金色の粉が、宙を舞う。
その一粒一粒が、壊れかけた比率で鳴っていた。
まるで、世界の欠陥そのものが音楽であるかのように。




