006
「せやあッ!!」
ガン、と左手に持つ盾でウルフの攻撃を受け、右手に持った剣をウルフの眉間に振り下ろす。
ウルフは真っ二つに切り裂かれ、身体はガラスのように砕け散る。
粒子がダーナのポケットに入れているD=デバイスへと吸収されていく。
「次ッ!!」
あれから三日後。
ユノとダーナは始まりの草原を駆け回っていた。
ユノはこの三日間でダーナが成長をしたと強い手応えを感じていた。
始めた頃はそれこそ体力の問題で走った後に戦うと、動きのキレが一気に悪くなっていた。
しかし、三日経てば、別人のように変わっていた。
元々、才能はあったのかな?
このトレーニングには体力を付けるだけではなく、このダンジョンという特殊な環境に慣れてもらう、という目的もあった。
いくら気候が良いとは言っても、このダンジョン内には『エナジー』と呼ばれる特殊なエネルギーに満ちている。
エナジーとはダンジョン内で無限に存在するエネルギーの総称。
ただ、このエナジー、少々厄介な事があり、分かっている事が少ない。
ダンジョンの中で無限に生まれ、モンスターを構成し、人間の扱う魔法の触媒となる。
そして、人体への悪影響は確認されていない。
然るべき研究機関が調べているそうだが、結局詳しい事が分からず、ギルド誕生以降からずっと『使っていて問題が無い』から使っているというものだった。
「ふぅ、どう? ユノちゃん」
「ふえ!? あ、うん。終わった?」
「終わったよ。全部、ウルフは倒したし、次の場所に移動を始める?」
剣と盾を光の粒子と共に消失させ、ダーナはユノに近づく。
ユノはダーナの綺麗な顔を見る。
三日間、ユノはずっとダーナと話をしていた。
とは言っても、殆どがダーナからの質問攻めだった。
ユニーク狩り、という事で、それに関する質問ばかりをされる事も多かったが、そのおかげもあってか、ユノは多少ダーナと話せるようになっていた。
「も、もう……だ、大丈夫だと……思う」
「大丈夫って言うと……次の段階に進むって事?」
「う、うん。ウルフとかスライムとか、そういうのに苦戦しなくなってきたし……そろそろ次のステージに行ってもいいかもしれないね……」
「オッケー!! どんと来い!!」
トン、と胸を得意げに叩くダーナ。
次のステップ。
当然、ユノは考えていたのだが、少し気になる事があるのも事実だ。
本来は少しだけレベルを上げるくらいが良いのかもしれないが、今後の為にここは大きくレベルを上げるべきなのかもしれない。
そうしなければ、きっと探索者として本当に大事な事に気付けない気がした。
「……つ、次はダンジョンエリアのボスと戦って、もらいます」
「ダンジョンエリアっていうと、フィールドにある洞窟とかそういう所、だよね? 一層だと初心者用とかある奴」
「うん、それ、です。その中のスカルナイト、っていうモンスターと戦ってもらうね」
「スカルナイト?」
ダーナはポケットからD=デバイスを取り出し、操作する。
図鑑を見ているのか、それを読み上げる。
「スカルナイト。一層ダンジョンエリア『骨達の楽園』に居るボスモンスターであり、剣と盾による攻撃を得意とする……ボスの弱点となるエナジーコアは肋骨内に位置し、骨は全て再生する。一気に肉薄し、コアを仕留めるべし……って、書いてある」
「うん。攻略方法は合ってるよ。それじゃあ……」
と、ユノが移動を始めようとしたときだった。
ダーナが声を上げる。
「ま、待って、ユノちゃん!!」
「え? ど、どうしたの? も、もしかして、怪我とか?」
「あ、違う違う。これ、見て」
ダーナはユノにD=デバイスの画面を見せる。
そこには『クエスト』と書かれた見出しと、クエスト一覧がズラリと並んでいた。
その中にある依頼を一つ、ダーナはタップした。
「クエスト ワンちゃんの遊ぶ骨が欲しい。 スカルナイトの骨が丈夫でワンちゃんの遊び道具に相応しいと聞いた事があります。それを取って来て頂けませんか? だって。
ユノちゃん。これ、クエストで受けた方がお得じゃない? ほら、報酬だって出るし」
「…………え?」
ユノは画面とダーナの顔を交互に見つめる。
「く、クエスト? わ、私、クエスト受けた事ない……」
「だよね。だって、クエストの受注は受付の人と話さなくちゃいけないもんね。さあ、ユノちゃん!! ギルド、行こっか?」
「え? え? む、無理!!」
ブンブン、と首を横に振るユノだが、ダーナもまた首を横に振る。
「ダメだよ、ユノちゃん。いきなり諦めるなんて。変わりたいって思ったんでしょ? だったら、ほら、一歩、勇気を出してやろうとしなくちゃ。
大丈夫、私がずっと傍に居るから、ね?」
「うぅ……」
ユノは思わず手を遊んでしまう。
確かにダーナの言う通りだ。ユノは変わりたい、パーティを組みたいと思った。
そして、ダーナはその為に必要なコミュニケーションについて教えてくれる、という話だ。
確かに独りでは難しかっただろう。
ユノはぎゅっとダーナの手を掴み、上目遣いで見つめる。
「そ、傍に……居てくれる?」
「…………勿論、勿論だよ!! ユノちゃんに降りかかる火の粉は全部、私は振り払ってやるわ!!」
とてつもないやる気を出すダーナにユノは面食らうが、すぐに平静を取り戻す。
やると決めたんだ。
引くべきではない。それにユノは独りではない。だったら、やってみるべきだ。
ユノは覚悟を決める。
「や、やってみる……」
そうして、ユノ達はギルドへと戻っていった。
「…………」
「ユノちゃん?」
そう思った数十分前の自分をユノは殴りたくなった。
ギルドに戻り、受付へと向かう事を決めたのだが、その受付に人がたくさん居た。
探索者達がクエストを受ける為に、列を作っている。
「う~ん、今日は混んでるね~」
「……じゃ、じゃあ」
「やめないよ?」
「うぅ……」
人がたくさん居る事にユノは目が回りそうになる。
ダーナは受付を見て、声を掛ける。
「ユノちゃん。あの中だと誰がいい?」
「あ、あの中……」
ユノは受付へと視線を向ける。
今、受付をしている窓口が三つ。
左は不機嫌そうに作業をしている女性。
極めて事務的に作業をこなし、探索者達とぶっきらぼうに話している。
アレはダメだ。
中央はルキナだ。ユノの大好きなお姉ちゃん。
あそこが良い!! ユノがそう思った瞬間、ルキナと目が合った気がした。
そして、その視線が語っていた。ダメだよ、と。
消去法で、右。
ふんわりとした茶髪が特徴的な女性で、顔も優しげ。
それに探索者達とも優しそうに話している。
「だ、ダーナちゃん。あ、あそこが良い……」
「ん? あ、ユミトの所ね。じゃあ、そこに並ぼっか?」
ダーナに導かれ、ユノは列の中に並ぶ。
すると、前の大柄な探索者に声を掛けられる。
その瞬間、ユノは一気に気配を消した。
「お? ダーナ嬢じゃないか」
「やっほ~。どう、最近は? 変わりない?」
「そうだな~……近頃は何かやたら凶暴なモンスターと遭うって言ってる奴が居たな……。ただ、あんまりにも目撃例がなくてさ」
「あー、その話か~。ニア達が探ってるけど、まだあんまり成果が出てないみたい」
一体、何の話をしているんだろう。
ユノが心の中で首をかしげていると、ダーナは真っ直ぐ男性探索者を見た。
「一応、警戒は怠らないようにね。それと見たりしたらすぐに報告して。こっちでも対策できるかもしれないし。後、素材とか手に入れたらブーちゃんに渡して」
「りょーかい。……ん? そっちのユニーク狩りじゃん」
男性探索者はユノに気付くと、マジマジと見つめる。
その視線と決して合わせないようにユノは下を向くが、バクバクと心臓が鳴るのを感じた。
な、何か話さなくちゃいけない?
そ、それとも黙っておくべき?
色々な考えがユノの頭の中に巡ったとき、ダーナが庇うように立つ。
「おっと。この子はかな~り人見知りでさ。ホント、滅茶苦茶人が苦手なの。だから、あんまり怖がらせないでね」
「……そうなのか? あ~、いや、そういう事だったのか。ただの人見知りね」
男性探索者はユノと視線を合わせるように膝を折る。
「そりゃすまんかったな。皆、アンタが極度の人見知りだなんて知らなくてよ。でも、大丈夫だぜ? 探索者はいつだって他の探索者を気に掛けてるってもんだ。
誰もアンタを悪く言う奴なんていねぇからよ」
「…………そ、そう……なんですか?」
ユノは男性探索者の言葉に目を丸くする。
てっきり、変な奴、と思われていたと思っていたが、男性探索者は首を横に振る。
「おう。だから、気軽に声、掛けてくれよっと……俺の番か。ユミトちゃん、クエストを頼むわ」
そう言いながら、男性探索者は受付の人と話をする。
ユノは驚愕していた。
今まで、何となく自分の中で周りからは変な目で見られている、とてっきり思い込んでいた。
「ユノちゃん、その顔、まるで私が嫌われてたとか思ってた?」
「……嫌われてるっていうか、その……変な子って思われてるかなって」
「そんな訳ないよ。ギルドの人たちは皆、優しいんだよ。だって、皆、ダンジョンで戦う仲間なんだから。そう思ってる人がたくさん居る。今、それが少しでも分かったでしょ?」
ユノが目を丸くしていると、クエストを受けたあの大柄の男性探索者がユノの横を通っていく。
そのすれ違い様に彼は言う。
「頑張れよ、ユニーク狩り」
「…………」
「ほんの少し勇気を出せば、見えてくる世界も変わるんだよ、ユノちゃん」
トン、とダーナがユノの背中を押した。
ユノの目の前にはユミトというネームプレートを胸に付けた女性が居た。
「もしかして、ユニーク狩りさんですか? 何かクエストを受けに来たんですか?」
「あ、えっと……」
ユノは俯いてしまう。
しかし、すぐの脳裏を過ぎったのは先ほどの言葉。
ギルドに悪い人は居ない。
ほんの少し勇気を出せば、見えてくる世界も変わる。
ユノはずっと出来ない、と自分の殻に閉じこもり、言い訳をし続けてきた。
ただ、自分には出来ない、と言い続けて。
それはもしかしたら、逃げ続けてきただけなのかもしれない。
出来ない、と決め付けて、自分の心地よい世界に閉じこもろうとしていただけなのかもしれない。
けれど、今、ダーナが背中を押してくれた。
ユノはぎゅっと拳を握り締め、真正面を真っ直ぐに見据える。
「す、すすす……スカルナイトのクエストとかって……あ、ああ、あり、ますか?」
「スカルナイトですね? 確かあったような? ちょっと待って下さいね」
手元にあったデバイスを叩くユミト。
それからユミトは小さく頷いた。
「ありますよ。スカルナイトの骨を納品する、で良かったですか?」
「は、はい……それ、です……」
「かしこまりました。えっと、じゃあ、そこの差込口にD=デバイスを差して下さい」
ユノは腰に付けたD=デバイスを差込口に入れる。
それからユミトは何やら作業をし、頷いた。
「これで完了です。クエストの期限は三日になります。それまでにアイテムボックスから納品して頂ければ、ギルドの方から依頼主様に直接お送りしますので、宜しくお願いします。
では、ご武運を」
「あ、ありがとう……ございます……」
ペコペコと何度もユノは頭を下げ、列から外れる。
すると、気が抜けたのか、足から崩れ落ちそうになる。
「ふにゃ……」
「おっと!? ユノちゃん!?」
「……だ、ダーナちゃん」
倒れそうになるのをダーナに受け止めてもらう。
ユノがそっと立ち上がると、ワシャワシャと何度もダーナがユノの頭を撫で回す。
「すごいじゃん、ユノちゃん!! ちゃんとクエストを受けられて!!」
「……うん、出来た。な、何ていうか……」
やり切った。
受付の人に話しかけ、クエストを受ける。
他の人からは何のこともない事なのかもしれない。
けれど、ユノの心には言いようもない嬉しさがこみ上げていた。
「……嬉しい。私にも……出来たんだって……」
「……良かったね、ユノちゃん」
ダーナの言葉にユノは何度も頷く。
「ありがとう、ダーナちゃん。私、出来たよ!!」
「うんうん、よしよし。これは……私も負けてられないね!! ユノちゃんが頑張ったんだったら、私だってスカルナイトを倒さなくちゃ!!」
ふんす、と気合を入れた様子を見せるダーナ。
ユノはD=デバイスに視線を落とす。そこには受注中のクエスト一件、という文言が表示されている。ずっと見る事のなかった文字。
そして、見たかった文字。思わず笑みが零れてしまう。
「……ダーナちゃん。行こう。く、クエストも成功させないといけないからね」
「そりゃ勿論!! 行こう!!」
そうして、二人はダンジョンエリア『骨達の楽園』に向かう。