002
ダンジョン。
ここ、大国パンケアの地下に存在する巨大な地下洞窟。
幾重もの階層に別れているこの場所は現在のパンケアの全てを支えている。
生活や経済、生活の全てに関わる部分がこのダンジョン由来である、と言っても過言じゃないだろう。しかし、ダンジョンには危険が付き物だ。
迫り来る危険なモンスターや洞窟などにあるトラップ等、危険は様々。
普通の人が足を踏み入れたのならば、間違いなく命を落とす。
そんな危険なダンジョンに挑み、国や人々の為に働く者達が居る。
それが探索者である。
『始まりの地』
ダンジョン第一層。ダンジョンに足を踏み入れた者達が必ず通る道。
故にダンジョンの始まり。そういう意味を込めて探索者達からそう呼ばれている。
何処までも広がる青空に緑美しい草原が何処までも続いている。
少し遠くを見れば岩肌の露出した山や青々とした山も見える雄大な土地。
雄大な大地と澄み切った空気、そして、スッキリと過ごしやすく晴れた空。
のどか、とも言えるようなそんな場所でユノはどんより沈んだ空気を纏ったまま、トボトボと歩く。
「はぁ~~~……もぅ、私、何してるの……」
思い出すのは先ほどの出来事。
ダーナと呼ばれた初心者探索者に声を掛けられ、気が動転した。
何を返せばいいのか、どうすれば良かったのか、更には悪い想像ばかりが浮かんできて、最終的には思考停止。その場から逃げ出してしまった。
それを思い出し、またしても溜息が漏れてしまう。
「はぁ~~、本当に……私はもう本当に……」
ちょっと自分が勇気を出して踏み出すだけでいいじゃないか。
ユノの中で答えは分かっている。
ダーナの前の探索者二人にしてもそうだ。別に相手が悪い訳じゃない。
全部、ユノ自身が悪い。
ユノは思わず頭を抱える。
「昔から何にも変わってない……もう、何で、私は……」
一年前の事を思い出し、ユノの胸はきゅっと締め付けられる。
一年前もそう。
全部、ユノ自身が出来なかったから、今こうなっている。
変わりたいと思った事は何度もある。
変わろうとした事もあった。
けれど……生粋の性格。この人見知りと人付き合いにおいて悪い方向にばかり物を考えて、どうしたらいいのか分からなくなる、いくじなしはどうしたって変わらない。
「……もっと、もっと、私に勇気があったらな」
モンスターに向かっていく勇気はあるくせに、人間に対する勇気は持てない。
本当に変な話かもしれないが、ユノにとってある意味一番怖いのは人間だ。
相手がどう思っているのか分からない。
これを話したら嫌われてしまうかもしれないなんて、余計な事ばかりを考えて、結局は思考停止。何も出来ずに逃げるだけ。関わる事から逃げる。
そんな事じゃ友達はおろか、パーティなんて組める訳がない。
ユノは頭から手を下ろそうとしたとき、違和感を覚える。
何か、本来あるはずのものが頭の上に無いような気がした。
ユノは頭のてっぺんを触る。
無い。
無い、無い、無い、無い。
ユノは何度も頭のてっぺんを触り、冷や汗を流す。
「ぼ、ぼぼぼ、帽子が無い!?」
黒のベレー帽。頭にほどよくフィットする帽子で姉のルキナが探索者になった記念に買ってくれた命よりも大事な宝物。
探索者になってから一度も肌身離さずに持っていた大事なもの。
も、戻って探さなくちゃ、ユノはそう思い、振り返る。
しかし、足が止まった。
恐らくだが、ダーナに話しかけられた際にユノは椅子から転げ落ちた。
その時に恐らく帽子が脱げてしまったのだろう。それでユノ自身が動転していて、拾う事すらせずにここまで逃げてきてしまった。
となれば、恐らくルキナが拾ってくれているはずだし、それに。
ユノは呟く。
「……多分、あの子も居るよね」
あのギャルっぽい女の子ダーナ。
自分とは全く正反対の雰囲気を感じ、周りからも慕われていそうな女の子。
まさしく、自分とは正反対。
万が一、あの子が拾っていたら、自分が声を掛ける事が果たして出来るのだろうか。
帽子は大事な宝物だ。
なのに、ユノの足は動こうとしない。
戻る事を拒絶している。
「……もし、無くなってたらお姉ちゃんに、ごめんなさいって言おう」
人に話しかけるよりも、ルキナに謝る方がまだ良い。
きっと悲しんでしまうけれど、、見ず知らずの人に話しかけて、へんな事になるよりはマシだ。
ユノは更に気分が沈んでしまい、トボトボと肩を落として歩く。
「何で私って、こうなんだろう……」
自責の念が止まらない。
何だか考えもどんどん悪い方向に進んでいるような気がした。
ユノはパチン、と一度頬を両手で叩く。
「こ、こういうときは私の好きな事をしよう!! うん、一旦、全部忘れて。そうと決まったら……」
ユノは広がる草原に一歩、足を踏み出し、駆け出す。
それから数分後、目の前に三匹のウルフが姿を現した。
ユノの進む道はウルフたちのナワバリだったのか、獰猛な牙を見せ、怒りの形相でユノを睨みつける。
「ごめんね」
トン、と普段通りの走りのままに、右手に光の粒子と共に一本の剣を顕現させる。
三匹の群れ、その中央を走り去るその瞬間に、剣を振るう。
それは的確にウルフ達の顔面を捕らえ、結晶が砕けるかのようにウルフ達の身体が砕け散る。
そうして砕けた際に発生した粒子はユノの腰にある端末へと吸収される。
ユノは全く気にする様子もなく、駆け抜ける。
それからどのくらい走っただろうか。
ユノは目的の場所に到達すると、足を止める。
そこは広い闘技場のような場所。
ユノの近くには『守護者の間』と書かれた看板が立っていて、そこには注意書きがあった。
『この先、ユニークモンスターあり。探索者達は手を出さないように。
命の保障は致しません。 ギルド本部』
警告を告げる看板を他所にユノは闘技場の中央に鎮座している石像に向かう。
石像は牛の怪物。しゃがみ込んでいるが、その身の丈は2mを超える。
ねじれた角に筋骨隆々の肉体。何よりも石像の瞳。
その瞳には力強さと殺意。その二つがありありと浮かんでいる。
台座へと視線を向けると、そこにはこう書かれていた。
『守護者 ミノタウロスロード』
ユノはその文字を見てから、クスりと笑う。
その笑みは何処か高揚が見えていた。
「やっぱりここは落ち着くね。人もモンスターも近づかないこの場所が一番……。目の前に居るモンスターとただ戦うこの感じ……」
血が沸くのを感じる。
心が高揚し、高鳴るのを感じる。
そして、胸に溢れるのは期待感。
今日は――どれだけ早く倒せるかな?
昨日はあんまり良くなかったけれど、今日はどれくらい速く倒せるかな?
ユノは腰にある端末――『D=デバイス』に触れ、画面を触る。
画面をストップウォッチに変えてから、腰に付け直す。
「それじゃあ、はじめよっか」
ユノはミノタウロスロード、と書かれた台座に触れる。
その瞬間、石像が一瞬で割れ、巨大なミノタウロスロードが姿を現した。
顕現と同時に右手に巨大な大鉈を持ち、ユノを見下げる。
その眼差しは殺意と敵意に満ち溢れていた。
だが、ユノはそんな事、露とも気にせずに右手に剣を顕現させ、言う。
「よーい、スタート」
その言葉と同時にD=デバイスのストップウォッチが動き出し、ユノは地を蹴り、ミノタウロスロードへと飛び出した――。