001
「ねぇ、今日はウルフでも狩りに行かない? 最近、毛皮の数が足りないって話もあったし」
「それならクエストの方が効率いいな。受付に行ってみようぜ」
「オレ達は今日こそミノタウロスをぶっ倒す!! お前等気合入れていけよー!!」
「当たり前だー!!」
「今日のクエスト成功を祝して、カンパーイ!!」
『カンパーイ!!』
ワイワイ、ガヤガヤ。
探索を期待する楽しげな声。
これから大きな仕事を果たす為に気合を入れる大声。
そして、勝利の美酒に酔いしれ、戦いを称え合い、歓喜する声。
こんな声がギルドにはいつも溢れている。
そんな光眩い場所とはうってかわり、光の世界とは遠く離れた隅っこの席。
周りには誰も居ない薄暗いそんな場所に一人の少女が机に突っ伏していた。
ズルり、と頭の上に被っていた黒のベレー帽が机の上に落ちていく。
「ん? なぁ、アレってユニーク狩りじゃないか?」
「うわ、めずらしっ!! なぁ、声掛けてみたらいいんじゃないか?」
近くを通りかかった男性二人組の探索者はズリ落ちた帽子がたまたま目に入って少女に気付いたのか、こそこそと少女を見ながら内緒話をしている。
少女の肩がビクりと震える。
「いや、それはやめといた方が良いんじゃないか? ほら、ユニーク狩りってソロ専って話だし。それに噂で聞いたけど、過去にパーティで揉めたとか何とか……」
「パーティの揉め事なんていくらでもあるだろ? それよりも実力だって。前人未到のユニーク狩り。やっぱ気になるだろ?」
「そりゃそうだけど、見てみろよ……。話しかけられるか?」
男二人組はユニーク狩りと呼ばれる少女を見た。
ビクッビクっと肩を震わせる少女はどんよりとした黒いオーラを発しているように見える。
所謂、話しかけるなオーラが。
男二人組は互いに顔を見合わせる。
「や、やめとこうか。お、オレたち凡人が手を出すべきじゃないよな?」
「そ、そうだよな。やっぱ……理由があってソロなんだし」
そんな黒いオーラを見てしまったか、男二人組はそそくさとその場を離れていく。
コツコツ、と足音が遠ざかっていくのを少女は聞く。
ああ、まただ……。
また……。
ふええええええええええええんッ!!
まただよおおおおおおおおおおッ!!
少女は心の中で絶叫した。
またもそうだ!!
一体、これを少女――ユノは何度繰り返せばいいのだろうか!!
ユノは心の中で頭を抱え、のた打ち回る。
何で、私は話しかけられないの!!
話しかけたかった。
男性二人組が声を掛けてくれたとき、ユノの脳内にはあるシミュレーションが行われていた。
『もしかして、ぱ、パーティのお誘いですか?』
『ユニーク狩りだよね!! その実力を見せてもらえないかな?』
『も、もも、勿論です!!』
HAPPY END !!
このまさしく理想的な流れ。大団円ハッピーエンド。
けれど、ユノの脳内には別の可能性もあった。
『も、もしかして、ぱ、パーティのお誘いですか?』
『え? 違うけど……』
THE END……。
この可能性である。
ユノはこの二つの可能性を考えてしまい、話しかける事が出来なかった。
いつもそうだった。
小さな頃から人見知りが激しすぎて、ろくに友達なんて作れなかった。
いつもどう話しかけたらいいのか分からずに、悪い事ばかり考えて、尻込みする。
どれだけ年を重ねても、これが直る事は決して無かった。
そう、悪いのは自分自身だと分かってはいるのだ、ユノ自身も。
けれど……。
ユノは溜息を吐き、顔を横に動かす。
視界の先にあるのはホログラムの掲示板に書かれた『パーティ募集版』の文字。
「……良いな」
ボソリと呟く。
その声には羨望の色が強く現れていた。
ダンジョン探索はソロでやるよりもパーティでやりたい。
当然、パーティによるメリット部分が大きいのもある。
それは入る事が出来ないダンジョンに入る事が出来たりと、様々。
どうしても、ソロでは一人という危険が付き纏い、行動に制限が掛かる。
そうしたメリットデメリットはある。しかし、ユノは違う。
「ああやって、友達とか作ってさ。皆でクエストとか行ったり、勝った喜びを分かち合ったりさ……楽しそうだな……」
ユノとは全く無関係の光眩い世界を見つめる。
長く伸びて、目元が完全に隠れた視界からも分かるくらいに、その景色は光り輝いて見える。
羨望を止める事が出来ず、誰にも気付かれないよう、盗み見る。
一週間に一度、ユノはいつもこの光景を見つめていた。
「ちょっとごめんねー!! 通るよー!!」
そんな女性の声が部屋中に響き渡ると、男性探索者が近くに居る探索者達の肩を借りて、重く苦しい足取りをしている
身体中には切り傷や殴打痕が見えていて、ユノは気付く。
「あの傷……ミノタウロス、かな……そこまで酷くはなさそうだけど……」
「全く、ソロでミノタウロスに挑むなんてバカな事してんじゃないよ!!」
「うるせー!! オレはさっさと一人前になりてぇんだよ!!」
「バカ!! 一人前になりたいなら、ルールを守りなさい!! ミノタウロスは初心者達の先生だけど、それはパーティでの話!! なったばかりのソロ初心者がいきなり挑むな、バカ!!」
怪我をした探索者を抱える探索者が叱責をしている。
それは無謀だ。ユノも思う。
ミノタウロスはダンジョンの一層にいるフィールドボスモンスター。
探索者達の中では『先生』の愛称で親しまれているが、それはあくまでパーティでの話。
直線的な動きが多く、きっちりとした役割分担を果たす事が出来れば、勝てる。パーティでの戦い方の基礎を教えてくれる先生。
けれど、ソロになると違う。
役割全てを一人で果たすか、それともミノタウロスを圧倒的な力で捻じ伏せるのか。
どちらにせよ、ある程度の練度、経験が必要になる。
去っていく探索者の背中をこっそりと見ながら、ユノは呟く。
「……生きてて良かった」
最悪死んでしまう事もあるが、そうはならなかった。
であれば、彼にだってまたチャンスはやってくるだろう。
今は命がある事を喜ぶべきだ。
そうユノが思っていると、今度は受付の方から聞きなれた声が聞こえてきた。
「だからね、馬鹿ダーナ。探索者になったばかりの人がミノタウロスに挑むのを許可できる訳ないでしょ? 貴女もああなりたいの?」
ギルドの受付に居る艶のある黒髪を靡かせた凛々しい女性が溜息を吐く。
それに物怖じしない黄金に輝く金髪の女性は声を上げる。
「いける!! 私なら!! そんな気がするわ!!」
「そういう事を言う人が一番最初に死ぬの。だから、ダメ。帰って。はい、次の方~」
「ちょっと!? ルキナ!!」
「ダーナ嬢、そりゃオレ達も無理って言うぜ? だって、まだなったばかりなんだろ?」
ムキーッと肩を震わせるダーナと呼ばれた女性に近くに居た探索者も声を掛ける。
「そうそう、ダーナ。ゆっくり強くなろうよ」
「いや、私には時間がないんだって!! ね、ルキナ!! 分かってくれるでしょ!?」
「それとこれとは別。実力が無いのに吠えたって意味ないの。それは貴女を守る為でもあるんだから。ほら、ダーナ。仕事の邪魔だから、さっさと捌けなさい」
「ぐぬぬ……ルキナの頭ガチガチ、行き遅れ!! そんなんだから、男が出来ないんだよバーカッ!!」
「良い人には相手してもらってるから結構よ。そんな子どもみたいな事言ってないで、剣の一本でも振りなさい」
ぐぬぬぬぬ、と唸り声を上げるダーナはフン、と大きく鼻を鳴らし、大股で歩き出す。
「アハハハハッ!! ダーナ嬢、残念だったな。探索者ってのはコツコツやるしかねぇんだよ」
「そんな時間は無いってのに……あ~あ、どこかにちょー強くて、私に探索者の極意とか教えてくれる人とか居ないかな~」
そんな事を呟きながら、チラリとこちらを見たダーナ。
そして、たまたまそんな様子を盗み見ていたユノと視線が交わる。
あ、目が合った……。
それを理解した瞬間、ユノはビクっと肩を震わし、すぐさま机に突っ伏す。
み、見てたのが、ば、バレた!?
ダーナという人はあんまり知らないけれど、見た目がギャルっぽい。
ここから導き出される答えは……。
『は? 何見てんの、キモ……』
最悪な想像が頭を過ぎる。
「ねぇ……」
お、終わった。
周りの探索者とも仲が良かったし、きっと噂されちゃうんだ……。
ああ、お姉ちゃんへ。
これから私はダンジョンで一生を暮らすことになるかもしれません……。
「ちょ、ちょっと、もしも~し……」
それとももう探索者辞めて、お父さんとお母さんのお手伝いでもしようかな……。
もう、ここには居られなくなっちゃうし……。
うんうん、それが良い。そうしよう。辞表、書かなくちゃ……。
「ねぇ!! 君!!」
「わぴゃあッ!?」
大声を耳元で浴びせられ、ユノは思わず飛び上がり、そのまま椅子から転げ落ちる。
背中を強打し、息が詰まる感覚を覚えると、心配そうな声が飛ぶ。
「だ、大丈夫……いきなりずっこけたけど……」
「え? あ、え、えっと……あ、あのあの……えっと……」
頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。
「私、ダーナって言うんだけど。君、ユニーク狩りだよね!! ねね、もしさ、時間とかあるなら、私に探索者の極意とか教えてくれない!? どうしても、ミノタウロスを倒さなくちゃいけなくて」
「え、えっと、あの、あああああ、えっと……」
な、何を話したらいいの?
ど、どうしたら? 私は何をすれば?
そんな思考に支配され、どんどん頭が真っ白になっていく。
「ん?」
可愛らしく首を傾げるダーナを見た瞬間、ユノの中で何かが弾けた。
「ご、ごごご、ごめんなさああああああああああああああい!!」
ユノは脱兎の如く、その場から逃げ出した――。
「え!?」
ダーナが反応するよりも早く、ユノはダンジョンへと入るゲートのやり取りを済ませ、ダンジョンの中へと消えていく。
あまりの反応にダーナが目を丸くしていると、椅子の近くに黒のベレー帽が落ちている事に気付く。
「あれ……これは……」
「……ねぇ、ダーナ」
受付からルキナの声が聞こえ、ダーナは視線を向ける。
「それ、さっきの子に返してきて」
「え? 私が? 別に良いけど……ダンジョン広いし、何処に居るか分からないよ?」
「ああ、それならミノタウロスロードが居る『守護者の間』だ」
「……分かったわ。ユニーク狩りとお近づきになれるチャンスだしね」
ダーナは帽子を手に、ダンジョンゲートへと進み、ダンジョンへと足を踏み入れた――。