第3話:医学
マリーの言葉に、俺はただ立ち尽くすしかなかった。この神殿は、科学者たちの地獄なのか。そう思うと、全身から力が抜けていくような気がした。
「お、いたいた」
「まったく、探しましたよ」
そんな俺に、新たな声がかけられた。声のする方を見ると、二人の男がこちらへ近づいてくる。
一人は、どこか神経質そうな雰囲気で、眼鏡の奥から鋭い視線を投げかけてくる。もう一人は、少し小柄で、にこにこと愛想の良い笑顔を浮かべていた。
「あれ、なんか見たことあるような……」
俺は、二人の顔を交互に見た。特に、にこやかな方の顔は、なぜか強く印象に残っていた。どこで見たのだろうか。記憶を辿るうちに、あることに気がついた。
「お札……?」
そう、1000円札に描かれていた、あの人物だ。
「よくご存知で」
そう答えたのは、眼鏡の男だった。
「わたくしは北里柴三郎。そして、こちらが野口英世です」
「野口英世です!」
野口と呼ばれた男は、そう言って、元気よく頭を下げた。
まさか、ここが1000円札の聖地だったとは。俺は、あまりにも突飛な事態に、ただただ呆然とするしかなかった。
「我々は、ここにいる偉人の中でも特に異質な、貴殿の『体』について、少々興味がありましてね」
北里柴三郎は、そう言って、鋭い視線を俺の体に向ける。
「我々は、死してなお、未解明な病原体の研究を続けているのです。しかし、貴殿は……」
野口英世は、目を輝かせながら俺の腕を掴んだ。
「まだ『生きている』可能性がある!あなたの体には、私たちの知らない細胞や微生物、そして何より、現代の医学では解明されていない『何か』が眠っているかもしれない!」
二人の医学者は、俺を実験台として見ているようだ。
「心配しないで。ただ、少しだけ血液を分けてもらうだけですから!」
野口英世はそう言って、どこからか取り出した注射器を片手に、俺ににじり寄ってきた。
「ちょっと、待ってください!俺は、ただのサラリーマンで……」
俺がそう言っても、二人の目はすでに、俺の体の中にある「真理」にしか向いていなかった。
この理大神殿は、科学者たちにとっての『地獄』。
そして俺は、その地獄に迷い込んだ、ただの実験材料。
俺の奇妙な旅は、まだ始まったばかりだ。