第2話:無重力
マリーに促され、俺は神殿の奥へと歩き出した。巨大な扉を抜けると、そこは広大な実験室だった。中央には、いくつものモニターが並び、複雑な数式やグラフが光を放っている。
「ここでは、様々な時代や分野の科学者たちが、それぞれの研究を続けているわ」
マリーは、モニターを指差して説明する。
「あそこは、ガリレオの部屋。彼は今、ピサの斜塔での実験を、もっと完璧な環境で再現しようと試みているわ。そして、あそこはレオナルド・ダ・ヴィンチの部屋。彼は、空を飛ぶ機械の設計図を、何度も描き直している」
偉人たちが、死後もなお研究に没頭している。その光景は、俺の想像をはるかに超えていた。
その時、実験室の外から、大きな声が響いてきた。
「無重力など存在しない!この条件は、『落下し続けている』に該当する!」
声の主は、俺がテレビで見たことがある、あのくしゃくしゃの髪の男だった。アルベルト・アインシュタイン。彼は、何もない空間で、宙に浮いた黒板に向かって熱弁を振るっている。
「この空間は、落下し続けているエレベーターの中なのだ!だから、ここにいる我々は、無重力ではない。重力の影響を受けながら、落下し続けているのだ!」
アインシュタインは、興奮した様子でそう叫び、チョークで黒板に数式を書きなぐった。その数式は、俺にはまったく理解できなかったが、彼の情熱は痛いほど伝わってきた。
「彼もまた、相対性理論の矛盾を解き明かそうとしているわ。この神殿にいる私たちは、皆、それぞれの『真理』を追い求めている」
マリーは、静かに言った。
「大重さん。私たちにとって、この神殿は『楽園』ではないわ。未だ見ぬ真実を解き明かすための、『地獄』のような場所なのよ」
彼女の言葉は、俺の胸に重く響いた。
この場所は、死んだ科学者たちの天国ではなかった。永遠に答えを探し続ける、終わらない研究室。
過労死した俺が、なぜこんな場所にいるのか。
この問いは、俺自身の存在を揺るがす、最も重要な謎になりつつあった。