プロローグ:リンゴ
目を覚ますと、そこは純白の神殿だった。
天井も壁も床も、すべてが磨き上げられた大理石で、神聖な空気が漂っている。どこからか微かに薬品の匂いがして、頭がぼんやりとした。
「……俺は、死んだのか?」
混乱した頭で考えた。最後に覚えているのは、青白いモニターの光と、机の上に積み上げられた書類の山。そして、全身を蝕むような、言いようのない疲労感。ただただ、眠りたいと願っていた。
立ち上がろうとすると、体の関節がギシギシと音を立てた。死ぬ直前の疲労が、まだ残っているようだ。
正面の巨大な扉が開かれ、一人の男が入ってきた。白い髪と髭。くしゃくしゃのシャツ。手にはリンゴが握られている。
「ほう、ついに目を覚まされたか」
男はにこやかに笑った。この顔は、確か……。
「あなたは……まさか、ニュートン?」
俺の問いに、男は楽しそうに頷いた。
「そのまさかだ。この場所は、かの有名な『理大神殿』。科学にその人生を捧げた者たちが集い、日々、この宇宙の真理を解き明かすための実験と会議を繰り返している場所だ」
「理大神殿……」
俺はただのしがないサラリーマンだった。理系でもない。科学に情熱を注いだこともない。なぜ、こんな場所にいるのか。
「あの、俺は……なんでここに?」
ニュートンは、俺の質問に少し困ったような顔をした。
「それが、我々にも解明できていない。貴殿は、この神殿に送られた者の中でも、特に異質な存在のようだ」
その時、背後から声がした。振り返ると、そこには白衣を着た女性が立っていた。切れ長の目に知的な輝きを宿らせている。この人も、まさか。
「もしかしたら、偶然がなせる技なのかもしれないわね」
「あなたは……マリー・キュリーさん?」
「ええ。あなたがここに来たということは、きっと何か意味があるはずよ。私たち科学者は、偶然という名の真理の欠片を、これまで幾度となく拾い上げてきたんだから」
マリーさんは優しく微笑んだ。その言葉に、少しだけ心が軽くなったような気がした。
だが、安堵も束の間。マリーさんは真剣な表情で、俺に一つの質問を投げかけた。
「私たち理大神殿の住人は、この宇宙の理を解き明かすためにここにいるわ。でも、あなたは違う。あなたは、まだ『生きている』のかしら?」
その問いに、俺は言葉を失った。
生きているのか、死んでいるのか。