……だったら……もういいよね?
あの夜から、私はずっと考えていた。
お兄ちゃんが実の兄じゃないってこと。
じゃあ、私は――
“妹”じゃ、なかったってこと?
だったら……もう、いいよね。
お兄ちゃんに甘えても。
抱きついても。
キスしても。
好きって言っても――
それって、もう変じゃないよね?
鏡の前で、制服のリボンをそっと外す。
前髪を整えて、リップを薄く引いて、ほっぺたをつまんで赤くする。
「……いけるよね?」
心臓の音が、やけに大きく響いた。
兄の部屋の前に立つ。
ノックしようとして、やめた。
まっすぐドアを開けて、中に入った。
兄はいつものようにパソコンに向かっていた。
顔を上げた瞬間、私の格好を見て、眉がわずかに動いたけど、それだけだった。
「……芽唯か」
声は冷たくて、感情が感じられない。
「ねえ、お兄ちゃん。今日、ちょっとだけ、話せる?」
できるだけ自然に言ったつもり。
「なに」
けれど、返事は無関心な一言だけだった。
そっと隣に座った。
膝と膝が触れ合う距離。
「ねえ、お兄ちゃん……私って、もう“妹”じゃないんだよね?」
「……ああ、そうみたいだな」
返事は淡々としていた。
「だったらさ、私がどうしてもお兄ちゃんのこと好きって思っても……」
指をそっと兄の手に重ねる。
「変じゃないよね……?」
兄の指先がわずかに震えたように見えたけど、すぐにそっと手を引いて自分の膝に戻した。
「急にどうした」
冷静な声だった。
「どうしてって――わかんないの!?私、本気なんだよ!」
「……」
どうして何も言わないの――?
「芽唯が俺に“好き”って言うのは……たぶん、寂しいからだ」
どうしてそんなこと、言うの――っ!
私は首を振った。
「違うよ! 私は、お兄ちゃんのこと――」
「芽唯は、少し混乱してんじゃないのか?頭を冷ませ」
そう言って、兄は視線を逸らした。
「俺は、芽唯を抱きしめたりキスしたりはもうしない」
何を今更――
――あんなに好き勝手やっておいて、私をめちゃくちゃに掻き乱しておいて――!
「俺のことは、好きでいちゃダメだ」
声が少し低く平然と言ってきた。
「まぁ、気持ちは嬉しいけど。その先の“好き”は許されない」
私は何も言えなかった。
涙がにじみそうになる。
兄の手はあたたかいけど、やっぱり遠い。
「でも、この人は、どこかで……私を“普通”に大事にしようとしてるんだって」
それだけはわかった。
だからこそ、壊さずにはいられない。
「……ずるいよ、お兄ちゃん」
私は小さく言った。
兄は何も言わずにそっぽ向いた。
でも、影はどこか寂しそうに見えた。
そんな兄を見た瞬間、あの時傷つけられた日の恐怖がふと蘇った――
でも、なぜか今はそれが欲しいと思った。
あれは熱烈な愛だったって、わかった気がした。
その瞬間、私は動いた。
信じられないくらい早く。
お兄ちゃんもきっと予想してなかった。
「んっ……」
再び唇を重ねた。
兄の冷たい目が一瞬だけ大きく開き、
花が咲くように、目にわずかに潤いが戻った気がした。
今感じているのは、燃え盛る炉の中の鉄のような熱さと、
傷に押し当てられる痛み。
でもどこか、ほんの少しだけ暖かさもあった。
その先は――お兄ちゃんがあの日、私にしたのと同じこと。
私の唇は自然とお兄ちゃんの首元に吸い寄せられた。
「んっ――!」
兄が小さく喘ぐのを、私だけが知っている。
きっと誰も知らない、私だけの、お兄ちゃん。