そういう……意味だったんだ……
兄の顔が……すこし怖い……
私を抱える兄の顔が……いつも微笑んでいる顔が、今は少し不機嫌に見える。
そうして私を誰もいない静かな部屋に連れてきた。
「……お兄ちゃん?」
私を抱える腕が、ほんの少しだけ強くなった。
「やはり来てよかったよ。芽唯のそばに、俺がいなきゃいけないって分かった」
「俺の妹に悪い虫がつかないかヒヤヒヤしたよ」
「……そう」
練の声が、どこか低い。いつもみたいに弾む調子じゃない。
「芽唯が……誰かに触れられたらどうしようって。誰かのものになったらどうしようって……」
私は喉が詰まった。
「今日、芽唯に告白してた男いたよな。……あいつ、芽唯のこと見ながら舌舐めずりしてたんだ」
「え……」
いつの間に見てたの? どうして知ってるの?
「そんなのは取るに足らない、どうでもいい事」
「あの顔……記憶に残っているだけでイライラする」
背筋が凍った。笑ってる。でも目が、笑ってない。
「いつものことなんだろうけど、やはり妹が目の前で告白されると内心とても穏やかじゃないな」
「そう……なの?」
「ああ、芽唯は小学生の頃から周りの男を虜にする小悪魔だったからね」
「……え?」
「でもな。高校生……花のJKともなるとお兄ちゃん気が気じゃないんだ」
兄の顔から少し汗が滴る。
「お、兄……ちゃん……?」
「ほら、高校生ともなるとなにか間違いが起きるんじゃないかって……」
兄の目が少し怖い……
「…………」
「俺にはそれが怖かった……久々に恐怖したよ……しかもこんな慢性的に恐怖することはなかった」
兄が子供のように怖がることなんて私は見たことがなかった。
そんな一面もあったの……?
お兄ちゃん…………
「芽唯が一年生の頃は特に酷かったよな」
「え……?」
なんで一年生の時の私を知っているの……?
「色んな野郎に変な目で見られてさ……俺の妹が良からぬ妄想をされていたり。夜の慰めとして使われてるんじゃ……って怒りがおさまらなかったよ」
「だから……ちゃんと示さないと。お前が、俺のものだって」
お兄ちゃん……!
私は怖くて抵抗出来なかった。
兄の唇が私に迫ってくる。
その瞬間まで何も出来なくて、触れてはならない。
重なってはならないものが、感触として伝わった。
「っん……」
私は腰がひけてその場に座り込んでしまった。
足に力が全然入んない。
――音が、消えた。
教室の喧騒も、遠くの放送も、兄の息遣いだけが部屋を満たしている。
そのとき、私の首筋に――熱い息がかかった。
「や、だっ……やめて……」
ぴちゃ――
唾液が、皮膚を這った。
ぞわっとして、息が止まった。
「なにをするの……!?」
「誰が……見ても、所有者が分かるように……」
「印をつけるんだ」
わかってた。
首元に近づいてくる理由なんてなんとなくわかってた。
でも認めたくなかった。
認めてしえば……後戻り出来なくなることが……
わかってた。
それからは少し記憶があやふや……
痛みのせいなのか……
ショックのせいなのか……
唾液が首元をつたる感覚が鮮烈に覚えている。
「なんで……そんなことするの……?」
私は涙目になっていた。
声の震えも抑えられない。
「お兄ちゃん……っ」
「お前は……」
いつものように。
お兄ちゃんはこう言ってた。
いつも聞き馴染んだセリフだ。
「だって、芽唯は俺だけの……妹だから……」
ああ、そう……そうだったんだ……
そう言う意味だったんだ……