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蜜月の夢に滴るは、一滴の涙

丘の上の星空の下。夜風が頬を撫で、遠くで虫の声がかすかに聞こえる。


芽唯は静かに口を開いた。


「お父さんとお母さんのことも、ちゃんと家族として大好きなの。育ててくれたし、私にとっては大切な存在――」


練は少しだけ頷いた。


「わかってる。お前がどれだけ親を想ってるかは、俺も見てきた。」


芽唯は視線を落とし、言葉を選びながら続ける。


「でも、お兄ちゃんへの気持ちは……正直、まだよくわからない。好き――だけど、怖い部分もある。あの独占したいみたいな執着が……思い出すだけで息が詰まりそうになる。

 お兄ちゃんの気持ちが、私を自由にしないような気がして……


練の表情がわずかに曇った。


「やっばり――芽唯も同じ血を分けた家族だな……そんなに鋭くオレの真意を勘で突けるのは――」


 こんな時にも――拘るんだね……


――芽唯は声を震わせて続けた。


「ねぇ、本当に私のことを好きでいてくれたのは、血が繋がってるからだけ――?」


「今まで私が兄さんに振り向いてもらおうと、頑張ってきた努力も……本当に全部、無駄だったの――?」


練は少しの間黙った後、ゆっくりと答えた。


「そうかもしれない――

でも俺は……お前の全部を知りたいし、好きになりたいと今も強く思う。

 

 俺はその努力も、ちゃんと魅力の一つに数えてるよ――オレが血の向こう側から見てきた、数多あるお前の魅力のひとつとして――」


芽唯は肩を落とし、吐き捨てるように言った。


「やっぱり……私の頑張りなんて、ちっぽけなものだったんだね――」


練は深いため息をつき、星空を見上げた。


「俺だって自分の感情に振り回されてる。でも……お前だけが、俺の心を揺さぶる存在なんだ。


お前がいない世界なんてつまらなすぎて……


頑張る意味も、意義も、生きる理由すら、見つからないだろうな――」


芽唯はふっと笑い、ぽつりと言った。


「そう……お兄ちゃんには、私がいなくちゃダメなんだね――」


私は完全に堕ちた――


――放っておけない。


こんなに完璧な人でも、こんな致命的な弱点があるなら――


家族として――


放っておけるわけ……ないでしょ――?


そんなこと、私には……できない――


こんな形でしか――私は自分がいやになる。


二人は星の光に包まれ、静かに寄り添った。


恒星のきらめく光に対して、私は瞳から光を失っていた――


芽唯は諦めと決意を固めるように、小さく息を吐いた。


「私は――()()()()()()()()()


練も目に力を込めて答えた。


「ありがとう――」


二人は再び唇を重ねる――


――今度はどちらか一方的にではなく。


自然と引き合わされた磁石のように――


暖かい――でも少しだけ……冷たい。


 あのあと私たちは近くの小さな洋食屋で夕食をとった。

 

店内は薄暗く、ジャズが静かに流れている。窓の外の街灯がぽつりぽつりと揺れて、落ち着いた雰囲気だ。

 

芽唯は練の隣で、わざとらしくない距離感を保ちつつ、肘が触れ合うたびに胸の奥がざわつくのを感じていた。


「この店、意外と落ち着くね」

私がそう言うと、お兄ちゃんは少しだけ微笑んだ。


「俺も、ここは気に入ってる。」


二人でシェアしたハンバーグを前に、芽唯は小さく手を伸ばし、練の手に触れた。

その指先は少し震え、短い間だったが練はその手をぎゅっと握り返す。

 

芽唯の心臓は跳ね、同時に胸の奥にどんよりした重みが沈み込んだ。


帰宅後、芽唯はバスルームに入ると、震える手で蛇口をひねりシャワーを浴び始めた。

お湯が体を温める。顔に流れる水が涙と混ざっても、彼女は黙ってじっと目を閉じていた。


練はその壁を見つめながら、小さく呟いた。


「オレが守る。……オレが、絶対に――」


水音に紛れて、芽唯の肩が震えた。


やがて二人は同じ布団に入り、芽唯はそっと練の腕に寄り添う。

腕を絡め、肌の温もりを感じながら、芽唯は胸の奥の複雑な想いを呑み込む。


「……間違ってる」

心の声はそう叫んでいた。だけど、

「でも、兄ちゃんを放っておけないんだ」

そうも思うのだ。


練は黙って芽唯の髪を撫で、彼女の肩にそっと口づけを落とした。

その甘さと切なさに芽唯は震えながらも、ほんの少しだけ救われた気がした。


「俺もお前がいないと、どうしようもないんだ」


静かに、そして少しだけ歪んだ夜が、二人を包み込んだ。


  夢の中は、恐ろしいほど静かだった。


 空には無数の星々。なのに、どこからも音がしなかった。

 それがかえって、世界のすべてが芽唯と彼のためだけに存在しているような気さえした。


 機械仕掛けの塔がひとつ。古びた金属の音が“カチリ”と響く。

 それは、夜の始まりを告げる合図だった。


 芽唯は気づけば、白いドレスを身にまとっていた。まるで絵本の中のお姫様みたいに。

 目の前には、練が立っていた。どこかの国の王子様のような、けれどもどこまでも“いつもの兄”らしい佇まいで。


 彼は何も言わなかった。

 ただ、芽唯の手を取って、そっと微笑んだ。


 ――ここでは、何も訊かなくていい。

 ――ここでは、何も許しを得なくていい。


 彼の笑顔がそう告げていた。


 芽唯は、何もかもから解放されていく自分を感じていた。

 周囲を囲む舞踏会のような明かり。宙を漂う星の粉。

 歯車の回る音と、風の音と、練のぬくもりだけが、夢の中の世界を満たしていた。


「お兄ちゃん……」


 芽唯がその名を呼ぶと、練は目を細めてうなずいた。


 この場所では、それだけで充分だった。


 私たちはどこからともなく流れてくる音楽に合わせて踊った――


 ――蜜月のような一時だった


 芽唯は彼の胸に額を預ける。彼の指が、そっと髪を梳く。

 優しくて、あたたかくて、怖いほどに幸せで――


 ――こんなふうに愛される夢を見るなんて。

 ――どうして、目が覚めないといけないの?


 遠くで、再び“カチリ”と音がした。

 時計の針が、一段ずれたような音。夢がほどけていく気配。


 ――やだ。

 ――もう少しだけ。


 芽唯は胸の奥で、言葉にならない願いを抱いた。


 だけど現実の身体は、眠りの底でゆっくりと涙を流していた。


 それに彼女自身は、気づかない。

 夢の中の自分が、ようやく許された愛を手に入れた瞬間に、現実の自分が泣いているなんて。


 光の舞う宵の舞台で、彼と抱き合ったまま、芽唯は微笑んだ。


 ――こんな夢なら、何度だって見たい。

 たとえそのたび、現実で泣いてしまったとしても。


 ああ――終わりの鐘が鳴る。

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