……最高です!
アレクシスは鑑賞するものであり、こんなに接近するものではない! こんなことされたら、こんなことされたら……。
「少し熱があるか? 体が火照っているような?」
「アレクシス坊ちゃま、今は初夏です。体温も少し高く感じることもあろうかと。お嬢様は今朝、きちんとお食事をされ、お着替えもスムーズでした。問題はないかと」
メイドのナイスアシストにより、アレクシスは「そうか」と、私のおでこから自身のおでこを離す。距離が元に戻ったことに安堵しつつ、実に残念な、複雑な気持ちを私にもたらしている。
「ではグロリア、行こうか。帽子を忘れずに」
アレクシスは白いレースの手袋をつけた私の手を持ち上げると、甲へと優しくキスをする。これはもうストレートにズキューンとハートを射貫かれ、悶絶しそうだ。
そんな兄であるアレクシスとの外出。
優雅なエスコートは当然で、クレープを食べれば、口元のクリームを優しく拭ってくれる。ドレスの試着をすれば、大絶賛。宝飾品店では自らがネックレスやイヤリングをつけてくれるのだけど、その際の距離の近さにドキドキ。昼食を食べる際には、「あーん」までしてくれて、「よしよし」と頭も撫でてくれる。
どれもこれもヒロインにするような甘々な態度を、妹であり、悪役令嬢の私にしてくれるのだから……最高です!
「……グロリア、気分転換は出来たか?」
帽子屋で沢山の帽子を購入し、従者や侍女がその箱を抱え、アレクシスと私の後を追いながら歩く中、さりげなく兄が私に尋ねた。何となくニュアンスが伝わっているという感じで私は頷く。そして。
「はい。とっても楽しく、気分転換できました!」とジェスチャーで伝えると、言わんとすることは何となく伝わったのだろう。
「そうか。それは良かった。……このまま夕食も共にしたいところだが……」
丁度、近くでボランティアによる炊き出しが行われているようだ。食欲を刺激するいい香りが漂っている。アレクシスもそれを意識し、夕食のことを口にしたようだが……。
「夕食をグロリアと摂りたいところだが、これから勤務になる」
馬車の前まで来ると、アレクシスは実に残念そうな表情になった。
「そうでした。これから夜間勤務ですよね、お兄様は。今日は半日がかりでお付き合いいただき、ありがとうございます」という表情をすると、勘のいいアレクシスは私の想いを汲んでくれる。
「もしこんなふうに買い物をしたり、街を散策したくなったりしたら、いつでもわたしに声を掛ければいい」
「……! あ、ありがとうございます、お兄様!」とばかりに頭を下げる。そして一押しキャラの尊い一言に感動していると……。
「わたしはここから別の馬車で宮殿へ向かう。グロリアはこの馬車で屋敷へ戻るといい。護衛の騎士はついているから安心していいから」
そう言うとアレクシスは、私のおでこにキスをしたのだ! これはもうビックリ!
この国では祝福や幸運を祈り、おでこへのキスはよくされるもの。大神殿で祈りを捧げると、神官から祝福のキスをもらえるが、それもおでこ! よってこのキスは妹である私の幸運を願っただけであり、深い意味はないのだけど……。
心臓は大爆発寸前!
ヒロインが空から私に降って来たおかげで、本来であれば、疎遠になっていくはずのアレクシスが溺愛してくれているではないですか! しかも私が言葉を話せないことになっているので、さらに気を遣い、構ってくれている気がする! さらには脱・ツンとすました公爵令嬢になることで、アレクシスはご機嫌で私を可愛がってくれるのだ!
もう……最高だった。
たんこぶは痛かったし、残念な悪役令嬢への転生。だがそれらを加味してもお釣りがくるぐらい、今は恵まれている状況。
私はご機嫌で馬車へ乗り込んだ。
そんな状態だから、この様子を恨みがましい目で見ている視線には……まったく気付くことがなかった。
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