鑑賞するものであり、こんなに接近するものではない!
朝食の席では、別途大神殿から報告を受けた父親が、ヒロインであるリコがやはり悪魔憑きだったこと。その悪魔を見事ロイたち神官が祓ったことを話してくれた。
「悪魔憑きになった人間は、身体能力が著しく上昇するらしい。この公爵邸を取り囲む石の塀も、いとも簡単に越えられるそうだ。まったく恐ろしい限りだ」
「ですが安心してください、父上。公爵邸の警備体制を見直し、屋根裏部屋を改造し、狙撃専門の弓兵を配置することにしたので。二十四時間三百六十五日の交代制です。塀を越えた侵入者も今後は見逃しません!」
兄であるアレクシスがその碧眼をキリッとさせてそう言うと、両親は「「それは実に頼もしい!」」と大喜び。一方の私は「やり過ぎでは!?」と思うし、ヒロインのように空から降ってくる案件はもうないだろうから、そこにかける労力が無駄に思えてしまうが……。言葉が分からないふりをしているので、黙々と焼き立てのパンにバターをつけて頬張る。
「ひとまず今日は、わたしが夜間勤務の日です。日中は時間があります」
アレクシスはそう言うと、私を見た。
「気分転換で一緒に街へ行こうか、グロリア? 賊の襲撃を恐れ、屋敷に籠るのは勿体ない。わたしが付いていれば、グロリアの身の安全は保障できる」
アレクシスの言葉に両親は「うん、うん」と頷き、「あとで白小切手を渡すから、好きなだけ買い物でもして気晴らししなさい」と言ってくれる。
その言葉をバトラーが大急ぎで紙に書き取っている。
バトラーの手元をキョトンとした表情で眺めているが、心の中では「万歳!」だった。
何より一押しであるアレクシスと買い物に行けるなんて!しかも限度額青天井の白小切手を渡してもらえるなんて……まさにセレブ!
これはご機嫌で朝食後、素敵なデイドレスへ着替えることになる。
白地に碧い薔薇がプリントされたドレスに着替え、髪は帽子を被るのに合わせたハーフアップに整えてもらっていると……。ヘッドバトラーが手紙を届けてくれる。
『大切なグロリアへ
昨日は大変な出来事があり、気が滅入っていないか心配だ。気晴らしをした方がいいと思う。グロリアが好きそうなオペラのチケットが手に入った。今晩、君を迎えに行くよ。このアクセサリーをつけ、僕を待っていて。
君の婚約者エルク』
これにはビックリ!
ヒロイン登場と共に、エルクの関心はグロリアから離れるはずだった。それなのにオペラへ誘ってくれるなんて! しかも手紙と一緒に届けられたのは、大粒の真珠のネックレスとイヤリング。
そのネックレスとイヤリングの両方に、メロパールという希少性の高い真珠が使われている! オレンジシャーベットのような淡い色合いは実に美しく、宝石店でも非買品扱いでお店に飾られていることがほとんど。滅多に手に入らないものなので、それをショーウィンドウに飾ることが、お店のステータスになるぐらいだった。
「グロリア、用意はできたか?」
私を訪ねてきたアレクシスは、白のフロックコート姿で、ターコイズ色のタイやポケットチーフがいいアクセントになっている。昨日の純白の隊服同様で大変映える!
「顔色も悪くない。大丈夫そうだな」
前室にいる私のところへ来たアレクシスは、私の顎をクイッと持ち上げると――。自身のおでこを私のおでこへつけたのだ!
これは盛大に心臓がドキーンと反応する。
アレクシスは鑑賞するものであり、こんなに接近するものではない! こんなことされたら、こんなことされたら……。
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次話は20時頃に公開します~