●●は祓えたと思う
翌朝。
前日、早めに休んだことから、夜明けと同時で目が覚めてしまう。
初夏のこの季節、早朝は涼しく気持ちがいい。
窓を開け、空気の入れ替えをしていると、エントランスに知っている姿が見える。
月光を束ねたかのような長いプラチナブロンドを後ろで一本に束ね、その瞳は翡翠のようなエメラルドグリーン。パールシルバーに銀糸の刺繍があしらわれた神官服姿でそこにいるのは……攻略対象の一人であり、グロリアの幼なじみ、大神官の息子であるロイ・グラス十八歳!
窓から「ロイ!」と呼びたくなるが、私は言葉が分からない設定。ここは目力で勝負とばかりに彼をじっと見つめると……。
さすが神官をやっているだけある。
何かを察知する力に長けていると思う。
ハッとして振り返り、二階にいる私に気付いてくれたのだ! しかも私を見て、ぱあぁぁぁっと明るい笑顔になる……ことはない。なんだかおどおどした表情で私を見上げている。
うん。間違いない。ロイからも私、ツンとすました恐ろしい幼なじみの公爵令嬢と思われているようだ。
しかも今、私に気付いて欲しいと、かなり目力を入れていた。美女が目力を使うと、それは美しさを越え、普通に「怖い」だろう。
ということで深呼吸し、女神のような柔和な笑みを試みる。
これを見たロイは「!」となり、安堵の表情になった。そこで私は「話をしたい」とジェスチャーを送る。
ロイはすぐに意図が分かったようで、こくりと頷いてくれた。
それを確認すると、私はすぐに顔を洗い、モスリンのエンパイアドレスへ着替える。ベビーブルーのこのドレスは下着も複雑ではないので、何とか自分でも着替えられた。
「まあ、お嬢様。ご自身でお着替えをされたのですか!?」
メイドは驚きつつ、私の髪を整え、応接室へ案内してくれる。そこへロイがやって来た。
「おはよう、グロリア!」
笑顔のロイはそう言って挨拶が書かれた紙を示す。
どうやら既に私が話せないことを知り、予め挨拶が書かれた紙を用意したようだ。
私はソファに座るよう、身振り手振りで示す。
「ありがとう、グロリア」
こちらも既に用意していたようで、紙を示し、ロイはにっこり笑う。
さっきの女神の微笑みで、ロイは完全に私に心を許してくれている。
ロイがそうなる理由は、なんとなく想像がつく。私が覚醒前のグロリアは、ツンとすましていた。さっきのような柔和な笑みは、絶対に見せないものだったのだろう。それを見せたのだ。「あ、やはりあの追突事故で、グロリアが変わったというのは本当らしい」と思ってもらえたと推測することになる。
覚醒前のグロリアの記憶はちゃんと脳内にインプットされているものの。十八年分の記憶を一気に夢で見たような状態。攻略対象三人への細かい態度までしっかりは思い出せないでいたが、リアルに接することで、思い出すまでもなく理解できた。
しかし。
いくらツンとすました態度をやめても。ヒロインが選んだ攻略対象からはお叱りを受け、罰を与えられる。それでもロックオンされていない攻略対象からは、できればフレンドリーに接してもらいたい。
ということで脱・ツンとすました公爵令嬢として、ニコニコ笑顔でソファに腰を下ろした。
すると心得ている公爵家の有能なメイドは、私とロイが着席したタイミングで、出来立てのレモネードを届けてくれる。こんな早朝だが、ちゃんとレモンを絞り、飲み物を用意してくれる調理人とメイドに、心の中で拍手喝采だ!
こうして私は、爽やかな香りを漂わせるレモネードを、ロイに笑顔で勧める。
ロイは素直に喜び、レモネードを一口、二口と飲み、「美味しいよ。ありがとう、グロリア」と言った後、真面目な表情になる。
「グロリア。昨日は大変な目に遭ったよね。でも安心していいよ。悪魔付きの女性、名前はまだ不明だけど、悪魔は祓えたと思う」
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次話は22時頃公開予定です~
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