破廉恥な変質者!?
「ではお嬢様、こちらでお待ちください。ヘッドバトラーがハリントン公爵令息を応接室までご案内しますので」
父親であるウォルトン公爵は……まだ昼間だ。議会などに顔を出している可能性がある。母親は母親で、公爵夫人として社交の最中だろう。つまりは街でマダム仲間とオペラや演劇を観劇中。そして私は留守番で、屋敷にいたわけだ。そして初夏のこの季節、日傘をさし、庭園を散策していたら……ヒロインが降ってきた。
そう言えばヒロインはどうなったのだろう? いきなり悪役令嬢と激突し、攻略対象には会えていないはず。騎士団の副団長をしている兄は間違いなく、宮殿で勤務中だ。
そんなことを思いながら応接室へ到着し、先に中へ入り、ソファへちょこんと座ることになる。
私が非常に大人しくして座っているので、メイドは既に気付いているのかもしれない。
激突事故で私の様子が変わった。もしかすると頭を打ち、性格が丸くなったのかもしれない――と。だからだろうか。メイドはこんなことまで教えてくれたのだ!
「そうそう。お嬢様。庭へ現れた不審者は王都警備隊へ突き出しておきました。着ている服も水兵のようなもので、しかもスカート丈があり得ない短さ! あんなに二の足を露出して。実に破廉恥。変質者かもしれません」
メイドはそう言うと、ソファの前のローテーブルにセイボリー、スコーン、ペストリーが並べられた三段スタンドを置き、ティーカップをセットする。
一方の私は今の言葉に「えええっ」と言い出しそうになるのを我慢することになった。
言葉を分からないフリをしているが、まさかのこの世界のヒロインであるリコが、登場と同時に変質者扱いされ、しかも王都警備隊という、この世界の警察組織のような場所へ突き出されているとは……。
だ、大丈夫なのかしら!?
ちゃんと攻略対象と出会える……?
心配したところで扉がノックされ、ヘッドバトラーが、エルクがやって来たことを告げる。
遂に異世界に転生し、初めて攻略対象と対面だわ……!
グロリアの記憶の中では既にエルクと会っている。しかしそれはあくまで私が覚醒する前のグロリアの記憶。覚醒した私にとってはこれがまがうことなく初対面!
鼓動が緊張で速くなっている。
ソファから立ち上がり、扉の方を眺めると……。
その髪はアイスシルバーで、瞳はサファイアのような濃紺。西洋人らしい高い鼻で、彫りの深い整った顔立ちをしている。女子も羨むような透明感のある肌で、長身でスリム。でも剣術と乗馬は幼い頃より修練しているので、必要な場所にしっかり筋肉がついていると分かる。
すごい。
ゲームでみたまんまの見事な体躯をしている。二次元でしか実現できないような体格が、この三次元の世界に具現化していることに「お見事!」と思ってしまう。スカイブルーのセットアップを完璧に着こなし、しかもこれで十八歳!
「グロリア、驚いたよ。庭に不審者が現れたのだろう? しかも両足を露出している痴女。公爵邸は警備も厳しいのに、一体どこから侵入したのか。ともかく怪我がなくてよかったよ。でもたんこぶができたと聞いている。可哀そうに……」
エルクの声もまた、まんまゲームで聞いた声だ。
甘めで柔らかい声音の声優さんは、実は私の推し!
この容姿とこの声は、最高に合っていると思うが……。
それよりもヒロインが……リコが今度は痴女と言われているけれど……。
「グロリア、大丈夫?」
エルクが心配そうに私を見た。
その探るような表情はメイドが最初に見せたものと似ている。
「あ、えーと、その……なるべく早く訪ねたつもりだよ。婚約者として君を心配していると伝わるように。それは……分かってくれるよね?」
これは私の予想。
多分、グロリアは婚約者であるエルクに対して、ツンなんだ。
デレがない、ツン。
エルクはそんなグロリアに気を遣っている……そんな風に思えた。
ならばここは笑顔だろう。
ということでなるべく可愛く見えるように、笑顔を披露。それを見たエルクは驚きの表情になるが、すぐにその相好が崩れる。どうやら私の笑顔を見られて嬉しいようだ。
普段ツンだからこそ、この可愛い笑顔はエルクを喜ばせたのだろうと考える。
「よかった。僕のお見舞いのタイミングは間違っていなかったんだね」
エルクは安堵の表情になり、話を続ける。
「それにしても本当に怖い思いをしたね。でも、もう平気だよ。痴女は王都警備隊へ引き渡された。取り調べをしたら、異世界がどうこうとか訳の分からないことを言い出しているとか。ちょっとおかしいかもしれないということで、大神殿に併設されている施設へ収監されることになった。そこは厳重な警備がされているから、逃げ出すのはまず無理だ。だから安心していいよ」
大神殿に併設されている施設……そこはサイコパス的な犯罪者ではあるが、高位な身分の者や女子供などを収監しておく場所では!?
ヒロインなのにそれで大丈夫なの……!?
心配は募る中、エルクが遠慮がちに尋ねる。
「……ところでグロリア。そろそろ着席していいかな?」
話を聞きつつも、席をすすめるのがマナーだが、私は言葉を分からないフリをしている。よってそこをスルーしていたが、さすがにおかしいとエルクは気づいたようだ。
ここは正念場。
私は曖昧な表情で微笑む。
それを見たエルクは「!」となる。
エルクは見た目も極上だが、その頭脳も国宝級。
何せ王立ミネルヴァ学院を主席で卒業しているのだから。
「グロリア。僕の声は聞こえているよね? 聞こえているけど……何を言っているか分かっている……?」
エルクが心底心配そうに私に尋ねた。