ずぼら女子なので仕方ない。
伸びをした私はそのまま実に寝心地のいいベッドでスヤスヤ眠ってしまった。
しかも眠っている間に、脳はこの世界に馴染もうとしてくれた。
つまりはこの世界に転生し、グロリアとして過ごした十八年間を夢で見ることが出来たのだ!
「お嬢様、お嬢様」
遠慮がちに声を掛けられた。
そこで私は目を開けることになる。
「!」
メイド喫茶のメイドさんとも違う、正統派のメイド服の女性が、心配そうにこちらを見ている。
ブルネットの髪に眼鏡をかけ、黒のロングワンピースに白のエプロン!
「あの、お嬢様、起こしてしまい、申し訳ありません!」
いきなり土下座に近い謝罪をされ、ビックリしてしまう。
だがグロリアは悪役令嬢。
ヒロイン登場以前の彼女がどんな人物だったのか。
それは乙女ゲームでは触れられていない。
だがこんな風に土下座する勢いで謝罪される人物だった……ということ?
もしそうだったとしても。
私はそんなグロリアでいるつもりはない。
そもそもの私の性格はグロリアのような性格ではないのだ。
それなのにグロリアのように振る舞うのは……疲れるだろうし、面倒だ。
そう考えてしまうのは、ずぼら女子なので仕方ない。
ゆえに。
ミネルヴァ語が話せなくなってしまったのと同時に。
性格も丸くなった設定でいこうと思った。
つまり無理して悪役令嬢グロリアを演じないよ~ということ。
というわけでメイドは謝罪するが、私はただキョトンしている。
その様子にメイドは困惑したものの、急ぎの用事があったのだろう。
そのまま私の様子を伺いながらも口を開く。
「お、お嬢様。具合はいかがですか……? お医者様に見ていただきましたが、たんこぶはあるものの、呼吸に乱れもなく、熱などもなく。気絶しただけだとおっしゃっていました」
「あ、そうなのね」と言い掛け、それは呑み込む。
言葉が分からないフリをするのだから、ここはキョトンとした顔を継続していないと!
「お嬢様、大丈夫ですか……? 目覚めた直後で恐縮なのですが、ハリントン公爵令息がお見舞いでいらっしゃるそうです!」
これには「!」となる。
ハリントン公爵令息=エルク・ウィリアム・ハリントン公爵令息のこと。つまりはグロリアの婚約者!
いきなり攻略対象の一人に会える。
これは……普通にドキドキしてしまう。
ドキドキするが、それは恋愛に結び付くものではない。
何せ私はアラサーオタク女子であり、リアル恋愛経験なんてほぼナッシング。
乙女ゲームの攻略対象は目で愛でるもの。
リアルでどうこうする者ではない。
「体調は大丈夫そうですよね……? お会いになるのでいいですよね?」
ここは言葉が分からないのだから、「えへへへ」みたいに曖昧に笑う。
するとこの私の笑顔を見たメイドは「!」と驚く。
「お、お会いになるのでよろしいのでしょうか!?」
もうここは何を言っているか分からないという表情をしながら、こくこくと頷いてみる。
メイドは訝し気な表情をしつつも、エルクが来ると分かっているのだ。
もたもたしている場合ではない。
ここは意を決し、私に告げる。
「……ひとまず寝間着で会うのは無理ですから、モスリンのエンパイアドレスに着替えましょうか。こちらでしたら着替えが楽ですから」
こうして有能なメイドは、私が何も言わなくても、テキパキと動き、用意を進めてくれる。後からやって来たメイドと共に、アクアブルーのモスリンのエンパイアドレスを着せてくれたのだ!
身支度の最中も大人しくしていたからか。
メイドから緊張感が消えていた。
そして落ち着いた口調で声をかけられる。
「応接室へ参りましょう、お嬢様」
現在のところ無言だが、問題ない。そのことにやや驚くが……。
この世界、どうやら貴族令嬢はやたらぺらぺらとしゃべればいいと言うわけではないようだ。まったくのだんまりはNGだが、必要がなければ無口でいても……特に問題視されないようだと、肌感覚で理解する。
しかもしっかり扇子も持たされており、これで必要に応じ、口元を隠すわけだ。つまり強い感情の発露は好まれないということ。あくまで優雅に、品良くする必要があり、自然と言葉少なになることも許されている。
「ではお嬢様、こちらでお待ちください。ヘッドバトラーがハリントン公爵令息を応接室までご案内しますので」