幸せに満ちている気がした。だが――
「予定通りだね。ティータイムを楽しもう」
ロイの言葉に椅子に腰を下ろす。
するとロイは自ら私達のために紅茶を入れ、チェリータルトを切り分けてくれる。
鳥の鳴き声が聞こえ、カラーの優しくフローラルな香りが漂い、なんだか本当に天上の世界にいる気分だ。
「はい。どうぞ」
「ありがとう、ロイ!」という表情でチェリータルトを受け取る。
渡されたチェリータルトをエルクと顔を見合わせ、早速いただくが……。
これはもう絶品!
前世で食べたチェリータルトには、カスタードクリームが入っていたが、これは違う。昔ながらのチェリータルトのフィリングは、チェリーのみ。チェリーの味での勝負だ。
つまりこれでもかという程のたっぷりのチェリーがタルトに詰まっており、その甘酸っぱさは、極上の味わい。美味しくてつい、ペロリと平らげると、その様子を見たロイとエルクが笑っている。
「グロリア、おかわりいる?」
ロイは仕草で、もうワンピース食べる?と聞いてくれている。
これには少し恥ずかしくなり、頬を赤らめると……。
「グロリア! そんな風に恥じらう君は、本当にとっても可愛いよ! でも遠慮はいらない。僕とロイと君の仲なんだから。気にしないでおかわりをもらったら?」
エルクの言葉を部分的に分かるフリをして、恥ずかしいながらもこくりと頷く。
するとエルクは、太陽のような眩しい笑顔になり「じゃあ僕もおかわりしよう!」と言ってくれた。これでおかわりをするのを私だけではないと、恥ずかしい気持ちが薄れる。しかもロイは「元々一人ツーピース食べられるように用意したから」とこちらも慈愛に満ちた笑みと共に、チェリータルトを再び取り分けてくれたのだ!
前世でプレイした乙女ゲームの記憶。そこで悪役令嬢グロリアは、ヒロインが攻略対象として誰を選ぼうとも、ねちねちと悪口を口にして、嫌われ者になっていた。だが話せないフリをし、脱・ツンとすました公爵令嬢になり、しかもヒロインが空から降って来て私に激突したことで……状況は一変している。
私は話せないフリをして、脱・ツンとすました公爵令嬢として、笑顔を見せたに過ぎない。そうして悪口を言わなくても、どうせ睨んでいる、ガンを飛ばしていると言われ、婚約破棄、宮殿勤め、大神殿で下働き――いずれかになる運命だと思っていた。それがこんな風に二人の攻略対象と美味しいチェリータルトを食べ、談笑できるなんて。
幸せだった。
幸せ。
前世でも私は、小さなことに幸せを感じられる性格だった。
世間的には、アラサーでありながら独身で、オタク女子をやっている残念な奴だと認定されるだろうが。別に私自身は不幸を感じていない。好きな時に好きな物を食べられる。そう思い、一人ラーメン屋に入ることも恥ずかしくなくなり、あの日も行列に並んでいて――。
そこで思う。
ああ、あの家系ラーメン食べたかったな、と。
濃厚とんこつ系スープで、たっぷりチャーシューがのせられたラーメンが脳裏に浮かぶ。甘酸っぱいチェリータルトを食べた後だからこそ、ガツンとくる濃い味のラーメンを、脳が欲している。
余所見運転だったのか、居眠り運転だったのか。
私が並ぶ行列に突っ込んできた車には「なんてことをしてくれた!」と思うものの。
今、幸せなのだ。
過ぎたことを悔やんでも、過去は変わらない。
変えられるのは未来だけ。
「グロリア、どうしたの? もしかしてまだ足りない?」
「もし足りないようなら、もうワンホール、手に入れて来ようか?」
エルクとロイが心配そうに身振り手振りで私を見るので……。
「レストルーム」と小さく呟く。
すぐにロイが「!」と反応し「案内するよ、グロリア。エルク、ちょっと待っていて」と告げる。私は席を立ち、控えていた侍女と共に、ロイと並んで歩き出す。
「グロリア。良かったら今度は早朝に大神殿に来てみない? そこの睡蓮が朝一番で咲き誇り、とっても綺麗だよ」
ロイは睡蓮の池を示し、身振り手振りで話してくれるので、意図を理解しやすい。筆談なしでもこれは「うん。見たい」と答えることになる。
「あ、そこを曲がった突き当りがレストルームだから。僕はここのベンチに座って待っているね」
ロイは、曲がり角手前の、睡蓮の池を眺められるように設置されているベンチを示す。私は何となく意図が分かったということで、こくりと頷く。そして侍女を連れ、そのまま角を曲がった。確かに突き当りにレストルームが見えている。
睡蓮の池に面した場所にレストルームはあり、通路を歩いていると、水面に当たる太陽光が反射し、天井で光がゆらゆら揺れている。
世界は明るく光り輝き、まさにさっきロイが祝福を与えてくれた通り。
幸せに満ちている気がした。
だが。
叫び声が聞こえた気がする。
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