なんたる苦行! 悶絶死しそうなのに……!
隣に座るエルクとの距離がぐんと近くなり、心臓は大爆発寸前。
「本当に可愛いな、グロリア。……って、どれだけ褒めても今のグロリアは分からないのか。……それならば普段言えないことも沢山言ってみようかな」
エルクは悪戯っ子のように微笑むと、オペラグローブをつけている私の手を持ち上げ、甲へとキスをする。
「これまでのグロリアは……クールで近寄り難いというか。なんというか王女様だった。綺麗な分、悠然とした態度をとると、ちょっと怖かった……。だから今のキョトンとした表情や笑顔を見せてくれると……とても親近感がわくんだ。グロリアとの心の距離が近づいたように感じて……とっても嬉しいよ」
もはやこれを聞いても驚きはない。想像通りだったということだ。
綺麗だけど、ちょっと怖い……そう、エルクは思っていた。そこへ天真爛漫なヒロインが登場し、常に笑顔でエルクに接したら……。気持ちはそちらへ持って行かれて当然。婚約破棄になってしまうのも納得だ。何しろ同じ公爵家でもエルクの家の方が力もある。それにグロリアはさんざんヒロインを口でいびるのだから、婚約破棄でも仕方ないだろう。
だが今回。私は話せないフリをしているし、何より脱・ツンとすました公爵令嬢をしているのだ。もしかしたらエルクからの婚約破棄は……。
それは分からない。
ヒロインがアレクシスやロイを攻略対象に選んだら、エルクとグロリアのゴールインがあるかもしれない。だがもしエルクをヒロインがロックオンしたら……。やはり私は婚約破棄されるだろう。悪役令嬢はそのために存在するのだから、そこはもう仕方あるまい。
そんなふうに考える私に、エルクは喜びのままの言葉を口にする。
「グロリア、本当に君のこと、大好きだよ。学院も卒業したし、一刻も早く結婚式を挙げたいと思っている。でも父上は次期公爵となるために、三年は実地で学ぶ必要があるといって……でも三年後。絶対にそこで式を挙げるつもりだから。二人で幸せになろうね」
私が分からないという前提で、アイスシルバーの髪をサラリと揺らしながら、エルクは愛の言葉をささやき始めた。
「そうだ。もし子宝に恵まれたら、グロリアは子供、何人欲しい? 僕は男の子二人と女の子を一人。三人欲しいかな。娘はグロリアそっくりな、美人な子だろうね。楽しみだなぁ。ハネムーンは王都を離れ、二人きりで別荘で過ごそうか。そこでハネムーンベイビーに恵まれるよう、朝から夜まで頑張ろう」
もう鼻と耳から湯気が出そうなぐらい、甘々な言葉をエルクが口にしているのに。私はキョトンとした表情をキープしていないといけない。
なんたる苦行!
悶絶死しそうなのに……!
「グロリア。そうやって不思議そうな表情をしているの……。たまらないな。今の僕はグロリアにものすごくキスをしたくなっている。婚約しているのに、キスさえ許されないなんて。窮屈な社会だよね」
エルクはそう言うと私の頬に「チュッ」とキスをする。
全身に電流が走ったようになり、私は失神寸前。だがエルクは頬の次に、耳たぶや首筋にキスをするのだ!
これにはもう私は陥落。
「ごめん……歯止めが利かなくなりそう。これじゃあウォルトン公爵から雷が落ちる。この続きは我慢しないと」
エルクが私をぎゅっと抱きしめた。
私はもう心臓が既に大爆発し、意識は一瞬、飛んだ気がする。
言葉が分からないフリをして、脱・ツンとすました公爵令嬢をしたら、こんな溺愛が待っていたなんて……聞いていません!(嬉しい悲鳴!)
「そろそろ始まるね。クランベリージュースを飲んでクールダウン」
エルクがグラスを持たせてくれるので、それをこくこくと飲んでいると……。
オーケストラによる序曲の演奏が始まった。
水を引くように会場内が静まり返り、オーケストラの奏でるメロディが一際大きく聞こえるようになる。
しばらく序曲が続き、そして――。
ついに幕が上がった。
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次話は21時頃公開予定です~























































