incident6.魂移し手
白い装束に着替えをし、母屋から離れに行く。
閉めきった部屋の中は薄暗く、蝋燭の火がチラチラと揺れる。その火が床に描かれた複雑な模様を照らす。「陣」というらしい。
祭壇には野菜、果物、鯛などが供えられているが酒は供えられていない。今から呼び寄せる者に取られてはいけない物だからだ。
取られたら最後、手に負えなくなる程の存在。
四隅には「小べし見」という鬼の面を着けた男性が槍を持って立っている。
『チリーン、チリーン、チリーン…』鈴の音が聞こえる。
『これより魂移し手の儀式を行う』
「武悪」と呼ばれる黒い面の男性が告げる。面の名前と儀式の内容はおばあちゃんから聞いたので分かる。
『手を合わせて』
両手をおばあちゃんと合わせる。おばあちゃんは左の手の平には「酒」、右の手の平には「子」と書かれていた。
『大丈夫、日花ならできるよ』うんと頷く私。
『では始める。玉よ、魂、魂手箱。開ける、空けぬは箱の中』
私達も続けて唱える。
『たまよ、たましい、たまてばこ。あける、あけぬははこのなか』
『紐、日も解いて、見せぬ、魅せよう中の中』
『ひも、ひもといて、みせぬ、みせようなかのなか』だんだんと手が熱くなる。
『点火、天開その手と魂を』『てんか、てんかいそのてとたましいを』
唱えると描かれた陣と手がカッと光り、
『名は天童百合江』
『名は天童日花』
それぞれ名を名乗る。光が強くなっていく。
『うっ!』弾かれそうになるところをおばあちゃんが引っ張ってくれる。それと同時に何かの記憶が次々と頭の中に入ってくる。
酒を飲み仲間と騒ぎ、楽しかった日々。震え上がる女の顔。男達の訪問。首を落とされる瞬間ー。『うっ…うぅ…』気持ち悪い。
『日花、日花!』おばあちゃんの声がうっすらと聞こえる。意識が朦朧とし倒れそうだ。きっとおばあちゃんはお母さんの事があったからとても焦っているのだろう。
皆がざわざわとし始める。『静まれ!』武悪の男性が一喝する。成功か失敗か。
すると私の口から『我、酒呑童子なり』と男の声がする。
『酒呑童子様!日花は、日花は!』おばあちゃんが叫ぶ。
『問題ない。こちらにとっては大事な箱だからな』
『そうですか』おばあちゃんは握りしめていた手を緩める。
「しかしこの娘、この先面白い事が起こりそうだぞ、楽しみな事だ』
『それはどういう事ですか!?酒呑童子様!』
『…おばあちゃん?』意識が戻った私が聞く。『ああ、日花!』良かったと泣きながら私を抱きしめるおばあちゃん。
武悪の男性が私達に向かって『手の平を見せてみよ』と言う。
おばあちゃんの手の平に書かれていた文字は消え、代わりに私の手の平に「酒」と「子」が書いてある。だがすっと消えていく。
『成功だ』わあっと声があがる。『せい…こう』良かった。
「はっ!はぁ…はぁ…」そこで目が覚める。「夢か…」見たくない夢だった。でも夢じゃない。これは本当にあった事だ。
魂移し手の儀式。