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挑戦者  作者: Lance
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「意地」

 一気に間合いを詰め、駆け出したフレデリックだが、その隣をマルコの槍が縮むように通り過ぎ、目の前に槍衾を敷いた。

 フレデリックはマルコの手慣れた動作に感心し、足を止める。

 槍が突かれる。フレデリックは木剣を横から穂先に当てて回避しようとしたが、槍はビクともしなかった。

 さすが、帝国の兵士だけはある。自分なんてただの作家志望だ。潜ってきた修羅場も違えば戦士としての意地も違う。

 槍先が離れ、再び鋭く突いてきた。フレデリックの胴目掛けて、獲物に首を伸ばす蛇のように、槍は幾つも放たれ、フレデリックは後退するしかなかった。

 観客達が静まり返っていた。

 この均衡を破るのはどちらなのだろうか、吟味しているのだろう。

 焦るな、フレデリック。そう言い聞かせ、後退に後退を重ねる。

 そして観客達が歓喜の声を上げていた。何故だろうかすぐに分かった。広い広い闘技場の壁に背がぶつかったのだ。

「フレデリック! 降参するか!?」

 槍を向けマルコが問う。

「いいや、足掻いて討ち死ぬ!」

 フレデリックは槍の丸い刃先の付け根を掴むと、引っ張った。

 マルコが驚いた声を出す。

 だが、観客達は悪足掻きするフレデリックにブーイングを飛ばしていた。

 マルコの沽券にも関わるかもしれないが、俺は勝ちに進まねばならぬのだ。

 こういう力比べもあるのだな。

 マルコの槍を引っ張り、右に左に振り回そうと試みる。だが、マルコの槍は頑として動かない。

 その時、槍先が動いた。握った手の中を抜け、丸い刃先がフレデリックの胴を突いた。

「それまで!」

 審判が声を上げる。

「勝者、マルコ!」

 観客達が声を上げる。

 ここまで客を魅了できるのだから、マルコは凄い男なのだな。

「次も勝って、勝ち続けてチャンプにも勝てよ」

 フレデリックは去り際にそう声を掛けた。

「フレデリック!」

 マルコの声にフレデリックは片手を上げて振り返らずに返事とした。

 受付に戻ると、一回戦突破の賞金銀貨一枚が渡された。

「フレデリックさん、一回戦突破おめでとうございます」

 コロッセオの関係者はしっかり出場者が誰なのか把握していて、かつてフレデリックが午後一番の最難関で手も足も出ず一回戦敗退を繰り返していたことを知っている。だからこそ、ジェーンが説得するように勧めたように、比較的弱者の集う午前の部で賞金を稼げたことを自分達のように喜んでくれている。それは嬉しいが、恥ずかしくもあった。

 剣を受け取り、フレデリックはふと気づいた。重たく感じていたはずの鎧、プリガンダインが今では足を引っ張っていないことを。修練の結果は出ているということだ。

 曇り空の隙間から日が差していた。フレデリックは食事へと向かった。きちんと食べて更に力をつけねばなるまい。

 彼はコロッセオを後にした。

 繁盛している食事処、「竜の糞」で肉を食べ、ねぐらへ戻る。

 毛布は畳まれたままで石もちゃんと乗せてあった。

 フレデリックは山の方を見詰め、素振りをした。ブロードソードはもう重くはなかった。

 やはり俺は強くなっている。だが、それは周りの連中にも言えることだ。カンソウにヒルダ、そしてマルコ、この間、一回戦で当たったデズーカだって、修練を積めば当然力はつく。だから、俺がここで修練を積むのを止めたとき、上も下も俺を翻弄するだろう。今まで通りとはいかなくなる。それが怖かった。午前の部の戦士達と戦って得た感想でもある。

 フレデリックはひたすら剣を振り、夕方になると山道を駆けまわった。自分で開拓した山道であった。

 そうして戻って来ると、山道を走る傍ら、採取した野草を食べ、沢の水を飲んだ。

 そのまま樫の木の下で横になる。日は暮れて三日月が出ていた。



 2



 翌日、起床し野草を食べていると、向こう側から二つの影が歩んで来るのが見えた。

「ほら、居たぞ」

「まさか本当に居るとは」

 男二人の声で、最初の声には聞き覚えがあった。

 スケイルメイルを陽に輝かせたカンソウと、見覚えのない中年の男だった。

「何の用だ?」

 フレデリックが問うと、カンソウは大笑いした。

「貴様が、他人の土地に居座っていると聴いてな。こちらが地主だ」

 地主は咳払いして言った。

「カンソウ殿の言う通り、私がここの土地の所有者だ。ここにあなたを住まわせる、いや、立ち入る許可を与えたことないが、違うかな?」

 話が早速見えてきた。カンソウが負けた腹いせにフレデリックの居場所を奪おうとしているのだ。

「いいや、違わないが。どうせ、使わぬ土地なら誰が居座っても良いのではないか?」

「どこまで浮浪者根性を見せるんだ? これは傑作だな」

 カンソウがうるさい声を上げて笑い飛ばした。

「ほら、地主殿」

 カンソウが地主の肩を叩く。地主は申し訳なさそうな顔をした。

 その顔さえ見れれば十分だった。

「分かった、出て行く」

 フレデリックは毛布を手に取り、長らく置き石として愛用してきた石を丁寧に地面に置いた。

「話が分かって結構だ。そうだろ、地主殿? せいせいしただろう?」

「え、ええ、まぁ」

 フレデリックは歩き出した。

 さて、これからどうすれば良いのだろうか。

 カンソウの馬鹿笑いを聞き流して彼は宿場町へと足を進めた。



 3



 午前の部が始まっている。フレデリックはひとまず、試合に出ることにした。夢のためもある。だが、今は、安宿に泊まれるぐらい賞金が欲しかった。初めてだった、生きるために戦うのは。

 受付を終えて、ジェーンに案内してもらう。

「フレデリック、何かあった?」

 ジェーンが尋ねた。

「いいや」

「本当に?」

 疑いというより心配して彼女は声を掛けてくるように思えた。

 薄暗い回廊を行きながら、フレデリックはため息を吐いた。

「住処を奪われた」

「え?」

「快適な場所だったのだがな」

 フレデリックは控室に入ると木剣を選び始めた。

「何で?」

「カンソウの奴が地主を連れてきてな」

「酷い……。この間、負けたことを根に持ってるんだわ」

「たぶんな」

 フレデリックは木剣を手にしジェーンを見た。

 ジェーンは悲し気な顔をし、口を開きかけた。

 その時、扉が叩かれ、フレデリックの出番を知らされた。

「生活のために戦ったことは無かった。今まで、俺は随分甘えてきたのだろう」

 フレデリックは薄暗い回廊を進み、会場へと向かった。

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