「午後一番への憧れ」
ドラグナージークが優美に攻撃を避ける。赤いマントを翻し、鮮やかな身のこなしで。ヴァンの咆哮とウィリーの大喝が重なり合う。槍と剣はぶつかり共に圧し折れた。
と、いう夢を見た。
何となくだが、分かっていた。俺にとって彼らは憧れであり、一生ヒーローのままなのだと。
しばし、ぼんやりし、強くかぶりを振った。
「いかん、いかん、俺の今の目標はヒルダやカンソウ、マルコを破ることだ。このまま夢のままで終わらせるわけにはいかない」
フレデリックは腕立て伏せをした後、山道を駆け巡る。だが、その足が途中で止まった。コロッセオに行かなければ。俺には弱者はびこる午前の部が相応しいのだから。
来た道を引き返すと、そのまま宿場町へと走った。
2
受付嬢はまた驚いたようだが、快く剣を預かり銀貨を受け取った。
ジェーンが案内人として出てくる。
「良かったわ。昨日、負けたから今日は来ないんじゃないかと思ってたの」
彼女は安心したように言った。
「弱いなら強くなるまでだ。それに連続出場記録で俺を破った者がいるとは思えんからな」
ジェーンは頷いて微笑み、控室へ案内してくれた。
籠から木剣を選んでいるときに、ジェーンがそっと手に銀貨を握らせてくれた。
「必ず返す」
「分かってるわ」
片手の長剣型の木剣を選び終えると、控室の扉が叩かれ、ジェーンの同僚が姿を見せて驚いていた。
ジェーンが何か言おうとしたようだが、フレデリックは去り際に自ら口にした。
「誇りを失ったわけじゃない。曲げただけだ。強くなればまた元に戻る」
薄暗い回廊を駆け、短い階段と再び回廊を抜けて外へ出た。
陽光が届かない曇りの日だった。フレデリックは晴れが好きだった。戦士を祝福する太陽の光りが大好きだった。
歩んで行くと、そこにはカンソウが待っていた。バイザーの無い兜の下で整った細い口髭を左手でしごき、意地悪く微笑んでいた。
「お前か。ならば楽勝だな」
「午後の部はどうした?」
フレデリックが問うと、カンソウは大声で笑った。
「あんな化け物連中とやりあう方がおかしい」
「情けない。尻尾をまいて戻ってきたか。大言壮語と髭だけが立派な張りぼてめ」
カンソウの顔色が怒りで真っ赤に染まっていた。
「貴様こそ! 貴様こそ! ここに逃げて来た弱者ではないか!」
「そうだな。弱者同士よろしくやろう」
「冗談ではない! 審判!」
審判が両者の間に割って入る。気の無い観客達は声援をくれなかった。
「四回戦、カンソウ対フレデリック始め!」
声が終わると共に両者は飛び出し、剣を薙ぎ払いぶつけていた。
手に痺れが走る。カンソウはどうだろうか。
「ぬるいわ!」
カンソウが上段から剣を振り下ろす。
フレデリックはそれを避けてカンソウの懐に背をぶつけると腕を取って一本背負いにして地面に叩きつけた。
「ぬぅっ!?」
カンソウが呻くと、同時に観客達が俄かに沸き始めた。体術など足払い程度しか、ここの戦士はやらない。投げ技を見られるとは思っても無かったのだろう。
逆手に持った木剣をカンソウの腹目掛けて突き下した。
だが、カンソウは転がって避けて慌てて立ち上がったところにフレデリックは回し蹴りを側頭部に見舞った。
「ぐわっ!?」
カンソウがよろめく。客が沸き立つ。
今だ!
フレデリックは突撃し、剣を突き出した。
カンソウはそれを身を捻って回避した。
大したものだ。フレデリックはそう思った。
「お前の剣はお飾りか?」
息を整えカンソウが言った。
「それはこちらのセリフだ」
フレデリックが言い返すと、カンソウが怒りの咆哮を上げて剣を薙ぎ払った。
見えた。フレデリックは間合いギリギリに距離を取ると、惰性で突きを喰らわそうとするカンソウの剣を避けて、剣の柄先でカンソウの籠手を叩いた。
カンソウが剣を取り落とす。
「や、野郎!」
「さて、どうやって剣を取り戻す?」
だが、フレデリックは木剣を拾うとカンソウに投げてよこした。
「貴様、どういうつもりだ?」
「剣士らしく、剣を握って敗退しろと思った」
「な、なめるなよぉっ! 小僧が!」
カンソウは剣を振り上げ、突進してきた。
単純な軌道を避け、瞬時に首の後ろに剣を振り下ろした。
兜と木剣、鉄と木の衝突の音色が木霊した。
「そこまで!」
審判が宣言する。
「勝者、フレデリック!」
観客達が歓声を上げた。
カンソウはこちらを睨むと、憤った様子で出口へと姿を消した。
次の対戦相手が歩んで来た。長槍を右手に提げてこちらへ歩いて来る様は見間違うはずがない。マルコであった。
「一勝、おめでとう」
マルコが嬉しそうに言った。
「ああ」
「そうか、フレデリックも午前の部に来てくれたか。付き合いはそこそこだが、お互い武器を合わせるのは初めてだな」
「確かに」
「よし、ならばどちらが強いか、いざ!」
マルコが槍を構えると、審判は距離の確認をしてきた。
マルコの六メートルの長い槍は、ギリギリフレデリックに届いたが、そうなるとマルコは突きぐらいがせいぜいだろう。フレデリック程度でもその力のない突きを避けて、懐に入るのは容易い。
「構わない」
マルコが言うと、審判は頷いた。
「第二試合、フレデリック対マルコ、始め!」
突いてくるものばかりと思っていた。マルコは槍を軽く上げて隙無く振り下ろしてきた。
フレデリックは木剣で受け止め、マルコの膂力を知った。
どいつもこいつも俺より膂力がある。悲しい話だ!
マルコは狂ったように次々、槍を頭上から振り下ろしてくる。
「出たぞ! マルコの槍の雷槌が!」
観客の一人が叫んだ。途端にマルココールが起きる。
マルコは午後の部でも勝てる試合は勝つ男だ。それなりに知られていてもおかしくはない。マルコの槍はフレデリックの動きを阻んでいた。槍は大地を穿ち、土煙を上げて飛翔し、また穿つ。
これでは近づけないが、フレデリックは右に左に避けながら着実に距離を縮めた。
そして地道に間合いを破った。
よし、今こそ!
フレデリックはマルコ目指して駆け抜けた。