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挑戦者  作者: Lance
5/46

「闘技場、午前の部」

 朝の日差しが眩しい。フレデリックは毛布から出ると、沢へ降りて行った。

 フレデリックの頭の中では昨日のジェーンとのやり取りが克明に残っていた。ジェーンは何故か知らないが、俺に闘技場の参加費をくれる、いや、貸すという。そして懇願するような彼女の必死な顔と涙。

 今まで俺のために泣いてくれる人なんかいたか?

 小説を書くことを否定され、人を大罪人扱いする近所の連中のせいで、半ば精神を病みつつも、ここまで来れた。

 ここは快適だ。誰の侵害も受けない。生まれ変わったつもりで闘技場の戦士として名を上げよう、そう誓った。

 沢の流れを見下ろしながら、我に返るまでおそらく数分は使っただろう。

 冷たい水を掬い顔を洗うと、野草採りへと出かけた。

 野草を齧り、水を飲み、腹を満たす。昨夜のジェーンの料理は美味しかった。そう思うと不安も出てくる。このまま大成できずに生涯を終えてしまうのでは無いだろうか。

 途端に将来が恐ろしく思えた。が、それもものの数秒だけだった。

 飢えて死ねばいい。

 その後にすぐに悩みが来る。

 午後の部ではまず、勝てる相手がいない。マルコでさえ、自分より強い相手であった。

 ジェーンの顔が再び浮かぶ。

 そうだった、俺の直近の目的はヒルダとカンソウらを破ることだった。

 正直鍛え不足だが、力量を知るにはやはり丁度いいのかもしれない。

 鎧下着に着替え、まだ少し身に余るプリガンダインを身に着け、ベルトに吊った鞘に収まった剣を叩く。

「行ってみようじゃないか、午前の部に」

 毛布を畳んで樫の木の下に置くと、その上に飛ばぬように石を乗せてフレデリックは出発した。



 2



 宿場町の朝の喧騒はさほどでも無かった。戦士達の姿は殆ど見受けられず、人通りはあるが静かなものだった。

 やはり、応援する側も有名人の試合しか見たくないということだろう。

 午前の部の会場はさぞや静かだろうなと、思いつつ、コロッセオの受付に入る。

「フレデリックさん!?」

 受付嬢は驚きの声を上げた。毎度毎度驚かれるが、今回の驚きは違うものだとフレデリックにも分かっていた。

「ついに午前部に出るおつもりになられたのですね」

 心なしか、安堵する受付嬢を見て、銀貨を一枚支払い剣を預ける。

「ジェーンはいるかな?」

「ええ、彼女も喜ぶわ」

 受付嬢は歓喜するように言った。

 事務所の扉が開き、ウサギの耳に黒いレオタード姿のジェーンが現れた。

「フレデリック」

「俺の力量を試しに来た」

「うん」

 ジェーンは泣きそうな顔で頷いた。

 そうして控室へ案内される。フレデリックは籠から長剣型の木剣を手に取った。

「フレデリック、これを」

 ジェーンが銀貨を一枚差し出した。

 午前の部でも俺は無様に一回戦敗退すると思っているのだろうか。

「借りるだけだからな」

「分かってるわ」

 銀貨をフレデリックは受け取った。

「訊かないの? 午前の部がどんな感じか?」

「自分の剣で確かめるさ」

 扉が叩かれ、案内嬢が顔を見せてこちらもまた目を丸くした。

「フレデリックさん!?」

「そうだ」

 フレデリックは案内嬢の隣を抜ける。

「頑張って! 応援してるわ!」

 ジェーンの声が背中に聴こえ、フレデリックは嬉しくなり軽く笑いが漏れた。

 回廊を駆け、階段を上がり、再び駆けて会場へと飛び出る。

 割れんばかりの大歓声とはいかなかったが、観客は居るには居る。

「挑戦者、こちらへ」

 審判に促され、フレデリックは進み出る。

 相手は両手持ちの剣の木剣を手にした戦士であった。顔は厳めしく甲冑姿が様になっている。途端にフレデリックは思った。午前の部とはいえ、誰もが鍛えているんだ。簡単には勝てないかもしれない。

「この勝負、貰うぞ」

 相手がニヤリと微笑む。

「では、二回戦。デズーカ対フレデリック、始め!」

 相手は一呼吸すると、咆哮を上げて斬りかかってきた。

 まずは力量を量る!

 フレデリックは片手剣を両手で握って受け止めた。

 重たい手応え、膂力はある。

 デズーカは吼えながら次々剣を乱打する。

 フレデリックは受け止めながら、様子を窺った。

 その時、相手が離れ、荒い呼吸を繰り返していた。

 体力が無いな。この分だと腕の筋力も限界だろう。そろそろ終わりにするか。

 フレデリックは無言で飛び出した。

 上段からの剣をデズーカは得物で弾き返した。

 だが、緩慢な動きであった。完全にバテている。フレデリックにも覚えがあるが、慣れない甲冑の重みが足を引っ張っている。

 しかし、ガッツがある。相手は剣を弾き返しながら未だに生き残っている。

 俺の剣の技術もまだまだということか。だが、それでも勝ちに来たのだ。

 面白味もなく長引く試合に少ない観客達の悪態が木霊する。これは両者に向けられたものだった。

不意に、フレデリックはヒルダのことを思い出した。

 俺を破ったフェイントを俺が使えないわけがない。

 フレデリックは一旦下がると、バテバテのデズーカを睨み、突進した。

 そして一撃入れようと突きを出そうとした。

 デズーカも剣を突き出す。フレデリックは剣を戻し、相手の籠手を上から叩いた。

「勝者、フレデリック!」

 会場からまばらな声援が送られた。

「クソガキが、覚えておけよ」

 デズーカが悪態を吐いて出て行った。

 一勝できた。初めての一勝だがフレデリックは喜べない。午後の一番の試合に出る猛者達が勝ち取る一勝とは程遠く、色褪せたものだ。

 しかし、自分の実力がこれでよく分かった。

 今は信念を曲げよう。逃げたわけじゃない。午前の部で十勝し、チャンプに挑む。それが今の俺の最大の目標だ。

 向こう側から挑戦者が入場してきた。

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