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挑戦者  作者: Lance
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「初めてのチャンプ戦」

 体格が良すぎる男だった。だが、直前にデズーカという巨漢を見ていたので、フレデリックはその様相に圧倒されることは無かった。

 木製の両手剣を握り、フレデリックの前に立つ。フレデリックは何度かウィリーを見たことがあるが、ここまでマジマジと冷静に顔を窺う機会は無かった。

 髭は無く、四角い顔にギョロギョロした目玉がある。肩幅はとても広く、グローブだけで籠手の無い腕は筋肉に溢れていた。プレートメイルで身を覆い、バイザーの無い鉄兜をかぶっている。足は長く鍛えられていて太かった。

「小僧、よく来たな。そんななりでよくここまで来れたものだ」

 ウィリーは言葉通り、感心したように言った。舐められているのか? などと考える余裕はフレデリックには無かった。十連勝でチャンプに挑むというのがどれほどの苦行なのか身に染みて分かったからだ。重なる疲労に、筋肉の痛み、そして酷使してきた得物の耐久度、目の前のチャンプはさながら魔王城の玉座で勇者を待つ魔王そのものであった。今まで俺は十人の魔王自慢の幹部を倒してきたということだろう。絵物語のお話にすればだが。ボロボロの挑戦者に対するチャンプは完璧な状態で待っていた。

 これに勝てる気がしない。弱気が脳裏を過り、身体を支配しようとする。

 だが、ヒルダが、マルコが、デズーカが俺に自分の望みを託してくれた。戦おう、チャンプと。

 コロッセオを去ったカンソウの姿が脳裏を過った。

 審判が尋ねて来た。

「両者、用意は良いか?」

 二人はほぼ同時に頷いた。

「これより、チャンピオン戦を行う! チャンピオン、ウィリー対、挑戦者フレデリック、始め!」

 途端に大地が鳴ったような気がした。ウィリーが猛牛のように突っ込んで来る。

 ここは出方を見よう。

 フレデリックは正面に剣を構えた。

 ウィリーは剣を横に流して持っている。薙ぎ払いが来るのだろうか。と、思った瞬間、さほどぶつかるまで時間が無いというところで剣先を眼前に突き出した。

 この突きを俺は……。

 観衆の声が耳に入る。

 フレデリックは眦を大きく見開いた。タイミングを見て、下段に両手で柄を持ち剣を構え直す。

 剣先が迫った。

「うらあああっ!」

「逆月光!」

 剣と剣がぶつかり、凄まじい膂力を少しねじ伏せてウィリーの剣の軌道が逸れた。

 ウィリーは十数歩ほど惰性で走る様にして足を止めた。

「俺の突撃を正面から打ち崩すとは大した度胸と、膂力に、技量! やるな!」

 振り返ったウィリーが言った。

 照れくさく思っている場合では無かった。フレデリックは今度はこちらから仕掛けた。

 デズーカの力に比べたら数段劣る! 剣を交えてそう思った。

「月光!」

 正面から両手で握った剣の大振りを振るう。ウィリーはそれを剣で弾き返し、掴みかかって来た。襟首と片手を握られ、フレデリックは宙を舞った。そして背中を強かに地面にぶつけた。

 思わず呻くが、剣だけは手放さなかった。

「うおおおっ!」

 フレデリックの身体の上に巨漢が陽光を受けて影となり、体重を掛けた肘打ちが落ちて来た。フレデリックはそれを転がって避け、足先から跳んで起き上がった。

 ウィリーが剣を薙ぎ払う。それを躱し、フレデリックは跳んだ。

「真・月光!」

 大上段からのあらん限りの力を乗せた一刀両断はウィリーの剣によって阻まれた。

 そのまま競り合いに入る。剣越しのウィリーはニヤニヤしていた。

「どうした、今ので体力を使い果たしたか?」

 その通りであった。迂闊だった。これまでの戦いで酷使してきたのは剣だけではない、身体もであった。自覚はあったが忘れていた。しかし、思い出してしまった今、握力が、腕力が急激に感じられなくなった。

もはやこれまでか。

 弱音を吐露しそうになる。

 そこに確かに名が届いた。

「フレデリック!」

 数人の声がバラバラにそう呼んだ。

「けるか」

「ん?」

「負けるかぁっ!」

 フレデリックは足に力を入れ、腰を構え、剣を力強く握った。

「そうこなくてはな!」

 ウィリーは満足げに言った。

「だがっ! まだまだよおっ!」

 ウィリーの咆哮と共にフレデリックは押し退けられた。

「爆砕!」

 よろめいたフレデリックの胴に凄まじい薙ぎ払いが当たろうとした。

 フレデリックは反射的に剣を向け、敵の猛烈な一撃は剣を折り砕いた。

「ああ……」

 観衆らが溜息を漏らす。

 フレデリックは荒い呼吸を繰り返しながら鍔の先から強引に折られた剣を眺めていた。

 デズーカの秘剣を十回分受けた様な感覚であった。

 その膂力を評価し直さなければならなかった。デズーカよりも、誰よりも上だ、このチャンピオンの膂力は。

「勝者、ウィリー!」

 観衆が声援を送り口笛を吹いたり、拍手をしたりした。

「おい」

 ウィリーが言い、フレデリックは我に返って顔を上げた。

「お前、今度から午後に来い。待ってるぞ」

 ウィリーはそう言うと、声援に応え、剣を掲げ上げ、四方を向いた。

 審判がフレデリックに退場を促した。

 フレデリックは薄暗い回廊を行きながらぼんやりとしていた。ウィリーの言葉の意味を考えていた。

「フレデリック」

 ジェーンが待っていた。

「やぁ、ジェーン」

「残念だったわね」

「ウィリーがさ」

「ウィリーが? どうしたの?」

「今度から午後に来いって」

 フレデリックが相変わらずぼんやりとそう告げると、ジェーンが微笑んだ。

「良かったじゃない! 現在の午後の最上級の戦士に認められたのよ! あなたの念願が実を結んだ証よ」

「念願……。そうだった。以前は過大、今回は過小評価していた。自分の力を。俺は午後に相応しい男になれたということだな?」

「そう、頑張ったわね。でも、勝負はこれからよ」

「分かってる。それじゃあ、ジェーン」

「待ってフレデリック」

 呼び止められて振り返ると、ジェーンは真面目な顔で言った。

「私を覚えてない?」

「どういうことだ?」

 しばし、見詰め合った後、ジェーンは軽くかぶりを振った。

「ごめんなさい、変なこと訊いて」

「いや。それじゃあ、今度は正式に午後で会おう」

 フレデリックは自分に声援をくれた仲間達に早く会いたくなっていた。

 あの時響いたバラバラだった四つの声は、ミリーにマルコ、ヒルダ、そしてデズーカであった。

 罪滅ぼしに彼らに土産話でも聞かせてやろう。

 ようやく午後の戦士になれたという自覚が湧いてきた。ウィリーが、ヴァンが認めてくれた、俺の実力を。

 チャンピオン戦に負けたとはいえフレデリックの心は晴れ渡っていたのであった。

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