「もっとも危険な男」
デズーカは専用の木の鞘に木剣を収めていた。フレデリックの前に来ると彼はまず、言った。
「九連勝とはやるじゃねぇか」
「ああ」
そこでデズーカの目の色が友から戦士のものへと変わった。
「悪いな、チャンプに挑むのはこの俺だ。だがフレデリック、いい試合にしようぜ」
審判が二人を見た。
「第十試合、フレデリック対、挑戦者デズーカ、始め!」
デズーカがお得意の前かがみになり、鞘に収まった剣の柄を握る。あの一撃と打ち合ってはならない。今考えれば、序盤に剣を酷使し続けた。だが、とも考える。酷使しなければ俺はここにいなかったであろう。
デズーカが間合いを詰めて来る。
フレデリックも覚悟だけを見せるために剣を正面に構えた。
デズーカの睨みとフレデリックの視線が合致する。両者は見つめ合った。
デズーカの目が動いた。フレデリックが後方へ跳ぶと同時に斬撃が空を斬った。
「ヒケエエエン!」
鉄の刃でもないのに陽光を受けて煌めく木剣には持ち手の魂でも宿っているのだろうか。デズーカは剣を鞘に静かに収め、そして再び居合の構えを取ってこちらを睨む。目を逸らせば命取りだ。フレデリックは再び剣を前に、デズーカを睨んだ。
「ヒケエエエン!」
デズーカが鞘走らせ抜刀する。横薙ぎの強烈な一撃をフレデリックはまたも避けた。
観客らが消極的なフレデリックにいちゃもんを付け始めた。だが、それでも今回だけは耐えねばならない。剣の寿命が掛かっている。そしてチャンプ戦に進みたい。その思いだけで頭がいっぱいであった。
「お前、チャンプのウィリーの剣の方が俺より遥かに上手だぜ? なのに良いのか、そんな消極的で」
「君の言う通りだ。君は君自身がどれだけ覚醒したか実感していないのか?」
フレデリックが問う。
「してるぜ。何せ、チャンプと手合わせしたこともあるしな」
「なら分かるだろう、君の膂力も十分警戒の範囲内だということが」
「打ち合いたくないってことかい?」
「できれば。だが、手加減無用」
フレデリックが答えると、デズーカは居合の姿勢を保ち、目を上へ向けた。
フレデリックも思わず上を見た。そして計られたと気付いた時には、剣を繰り出し、激しい一撃を受け止めていた。
「ヒケエエエエエン!」
剣は耐え抜いた。フレデリックは突っ込んだ。居合さえさせなければ良いだけの話だ。
デズーカの巨体に向かって、身体を旋回させ、そのまま懐に入り込んだ。
デズーカが剣を振り下ろす。フレデリックは身を躱しながら、足を引っ掛け、そのまま背後に回るとその巨体を抱き、後ろに倒した。
「ぐえっ」
フレデリックと同じで頭に防具をつけていないデズーカは直接頭を地面に叩きつけられた。
デズーカには悪いが、弱点の足腰を狙わせてもらおう。
デズーカは巨体のわりに素早く起き上がった。剣を鞘にしまおうとした瞬間にフレデリックはもう一度、懐に飛び込み籠手を掴み、手を伸ばして襟首を掴むと足を蹴り、背負い投げをした。
観客達が沸くが、彼らの期待に沿っているわけでは無い。デズーカの弱点は体力もであった。疲弊させ、居合の速度を鈍らせる。そしていつでも必殺の一撃を入れるのだ。
デズーカは脳震盪を起こしたようにヨロヨロと立ち上がった。
少し早い気もするが、好機!
フレデリックが両手で剣を握り、間合いに入った瞬間だった。
「ヒケエエエエン!」
瞬時に刃を戻して放たれた。フレデリックの全力の月光は防がれた。またも計られた。デズーカはニヤリと笑んでいた。
「俺の秘剣と同等に渡り合えるのはお前とチャンプぐらいだぜ。だから嫌でも楽しませてもらうぜ」
フレデリックは焦っていた。剣のダメージが気がかりで仕方なかった。だが、デズーカの動きが予想以上に速い。居合を何度も何度もハヤブサの様に放ってくる。
フレデリックは影を避けているような心境だった。
しかし、結果的にデズーカは楽しみが過ぎた。息を荒げ、居合の構えを取ると、動かなくなった。
居合の連続で体力を失っている。勝利が俺に傾いてきている。
フレデリックは剣を下段に構え慎重にデズーカの間合いに飛び込んだ。
「ヒケエエ」
「逆月光!」
賭けに出たフレデリックの魂の一撃は速度の鈍ったデズーカの剣にぶつかり、そのまま一瞬競り合い遠くへと弾き飛ばした。
「しまったぁ」
デズーカがそう言ったところで、フレデリックは首元に剣を突き付けた。
「勝負あったな」
「いや、まだだ!」
デズーカはそう叫ぶとフレデリックの手を取り、上に放り上げて、地面に叩きつけた。
「がはっ!」
背中から地面に思い切り叩きつけられ、フレデリックは己の甘さを呪った。
とどめを刺すべきだった。つい、友の目をしてしまった。
デズーカは一直線に剣へと地を鳴らし駆けて行く、フレデリックも慌てて後を追った。
デズーカが剣を拾い上げる。
フレデリックは跳んだ。
「ヒケエエエエン!」
フレデリックの大上段からの一刀両断、即ち、真・月光とデズーカの居合はぶつかったが、デズーカの剣が押されていた。
これ以上は打ち合えないぞ。
フレデリックは着地すると、デズーカの腹へ皮鎧越しに掌底を打った。
「ごっ!?」
デズーカがよろめく。そこに跳んでハイキックを側頭部にぶつけ、デズーカの意識を混濁させる。
よし、今こそ。
「月光!」
フレデリックは両手で握った得物を縦に一刀両断にした。
木剣はデズーカの皮の鎧の胸部を強かに打った。
デズーカが呻いてよろめき、倒れた。
審判が駆けつけて来て、フレデリックに寄って来た。そして宣言する。
「勝者、フレデリック!」
会場が大いに沸いた。フレデリックも喜びたい気分だが、戦いに必死で、剣もダメージもあるが、十連勝中に失われた体力と気力が甦って来る。剣を立てて身体を預けたい気分だが、そんなみっともない真似はできない。
俺は来たんだ。
チャンプ戦へ!
フレデリックは大きく剣を掲げ上げた。
会場が大いに沸いた。拍手の嵐は一つ先だ。すなわち、チャンプを倒した時。
担架で運ばれるデズーカを見ながら、フレデリックはチャンプのウィリーが到来するのを待っていた。




