「新手」
六回戦と七回戦はまだまだ駆け出しの挑戦者だった。武器に負担をかけることなく勝利できたことが運があったように思う。しかし、蓄積してきた疲労は上手に隠せない。素振りと腕立て、腕力、膂力の強化に特化したのだから仕方が無い。体力は根性に任せている。
しかし、まだデズーカと戦っていないことが気がかりだ。奴の剣を受け続ければ、この木剣も圧し折られてしまうだろう。体術で人気を稼ぎ、避ける分を帳消しにしたい気分であった。
次の相手は初めて出会う相手だった。
黒装束に黒い覆面、全身が影のような相手で、手には縄を握っていた。
何だ、こいつは。相手が縄を振り回した時、縄の両端に木製の錘が付いているのを見た。
これがフレイルというやつか? いや、違うか。どうなんだ? フレデリックは思わず戸惑い、どう攻めるか思案していた。だが、攻め方を決める前に審判が言った。
「両者、縄でのダメージは無しとする。ただし、締め技での降参を除けばだ。錘部分は刃と同じだ。盾と得物以外に当たればその時点で勝負ありとする。良いか?」
フレデリックは頷いた。相手も続いた。その黒い覆面の下から、殺意に溢れた目が光っているようにフレデリックは思った。
こいつは何者だ。どこの出身だ。
「第八試合、フレデリック対、挑戦者ガザシー、始め!」
それは獲物を前にした蛇のように伸びて来た。フレデリックは剣が痛手を受けるのを危惧し、わきに飛び退いた。だが、縄の伸びた錘は薙ぎ払うようにフレデリックを追う。逃げる道は一つ。
フレデリックは全力で駆けた。武器は全然違うがマルコと戦っているみたいだ。ならば結局間合いを詰めなければ意味はない。
だが、不意に背後から風を感じ、フレデリックは次の瞬間、縄に足を取られ、転倒した。
三重に縄が絡んでいる。本物の剣ならば切って脱出でいたかと思ったが、結局そうなればこれも縄で無く鎖になる。どの道、同じ状況であった。
フレデリックが縄を解こうと動くと、いきなり力強く引っ張られ、フレデリックは一瞬浮かんで、地面を引きずられた。
頭上にこちらをつまらなそうに見下ろす黒い覆面が見えた。
相手は次の瞬間にフレデリックの顔面を蹴った。フレデリックは顔を腕で覆い、相手の鉄の仕込まれたつま先は籠手によって防がれた。
すると、相手は舌打ちし、フレデリックの頭を上から踏み潰すように蹴り、そのままグリグリと靴底を捻っていた。鉄の籠手で分かったが、相手の靴底は登山の際の滑り止めのような突起があったが、あれ以上に鋭利であった。籠手を突起が削り傷つける音が空しく響く。
もし、顔を上げればそれまでだ。ならば、フレデリックは相手の足から転がって抜け出し、立ち上がった。だが、相手が縄を引っ張ると再び地面に尻もちをついた。
「逃れられると思うな」
相手が底冷えするような声で言った。そうは言うが、逃れなければ勝機は無い。離れようとすれば引っ張られる。ならば、やはり接近する他道はない。
フレデリックは横に転がりながら相手に近づくと、立ち上がって相手の左手を掴んだ。そして引き寄せ、頭突きを見舞った。
間髪入れず、剣を握った右手で殴打した。
相手がこちらをギラリと睨むのが分かった。相手は短剣を抜いていた。左手で縄を握り、右手に短剣という形だ。
「シャッ!」
相手は唸る様に言い短剣で切りつけて来たが、フレデリックは間一髪首を逸らして逆手の一撃を避けた。心臓が一際大きな音を上げる。こいつは接近しても強い。俺の大振りでは隙だらけだ。
フレデリックは相手の左手首から手を放し、間合いを適当に取る。
その時、相手が縄を一振りし、足の拘束が放れた。
簡単なことだ。相手はリスクの大きい短剣よりも、縄の錘で勝負をつけようとしているのだ。縄が波打ち錘がフレデリックの顔面目掛けて襲い掛かって来る。
どうやって接近するかだ。先ほどのことを思い出す。背後から楽々に俺の足を拘束した。
膂力はどうだろうか。木の錘は大きかった。人の頭部ほどある。これを離れた位置から動かすのだ。力はある。相手は左手で縄束を掴み、右手で操っている。
両手か。どうだろう、いけるか!?
フレデリックは、後方へ跳び追いかけてくる錘を避けて、縄を掴んだ。そして力いっぱい引っ張った。
相手が慌てて縄を引こうとするのが分かった。こんな馬鹿みたいな力比べはおそらく初めてなのだろう。この縄さえなければ、相手は殆ど丸腰だ。どのような芸当を秘めているかは未知数ではあるが。
フレデリックと名前を忘れた相手の綱引きは続いている。観客に魅せる試合をしたい。いつの間にかそれが信条となりつつある。この状況、観客は盛り上がっていない。
相手が躍起になって引っ張った瞬間、フレデリックは手を放した。
錘が物凄い勢いで戻り、相手の胴を打つ寸前であった。その頃にはフレデリックは駆け出し、相手が短剣を構えるのを見て、跳躍し、一刀両断、真・月光を放った。相手は短剣で持ち応え、急に後方へ後方へ操り人形のように下がって行った。
そうして、再び縄を頭上で振り回す。錘の低い風の音色がその威力の程を思い知らせてくれる。
俺の両手の一撃を右手一本で防いだ。いや、何というか、滑る感じにあしらわれた。あれが受け流すという防御の技なのだろう。
両者は再び睨み合い、相手が錘を放った。
縄が伸び、錘はあっという間に眼前へ迫る。フレデリックは後ろへ跳び、大地を木の錘が穿つのを見た。土煙からやはり蛇の如く、それは伸び、フレデリックを追って来る。後方へ後方へ跳びながらこれではいけないとフレデリックは思った。
勝つのも大事だが、観客を満足させることもやはり大事なのだ。目の前の男はフレイル、あるいはモーニングスターか、自分は分からないが、変わった武器を操るというだけで観客の心を掴んでいる。一方の俺は剣を握り、逃げるだけだ。これでは駄目だ。それにどの道、間合いに飛び込まなければ勝てはしない。
横から錘が薙ぎ払うように襲って来る。フレデリックはそれを避けて、駆け出した。これしか、やはり道は無いのだ。
背後から錘が追ってくる気配がする。だが、フレデリックは全力で相手目掛けて疾走した。
フレデリックは相手に、ガザシーだ、思い出した。そいつの前で屈みこんだ。
錘が物凄い勢いで頭上を通過し、ガザシーは引っ張られた。武器に振り回されているようではまだまだ一流とは言えないな。
フレデリックは両手で握り締めた長剣を横に胴へと放った。
「横月光!」
必殺の一撃を何と、この期に置いて相手は高々と跳躍して避けた。
そして頭上から右腕を一振りすると、短剣の雨が降り注いだ。それらを避ける間もなく剣で五回打ち返し、前を睨むとガザシーは再び離れた位置で縄を振り回していた。




