「五回戦」
新たな挑戦者とは一度だけ戦ったことのある相手だ。正直なところ、午後に出るほどの技量の持ち主なのか、それとも午前が相応しいのかは未知数だ。それでも小盾を突き出して身構える男は、勝負に臨む生真面目な顔を崩さなかった。
あるいは、俺と同じ、夢を見ていたのかもしれない。午後の部にこそ誇りを持ち、しかし成果が出ずこうして午前へ回って来たのか。
名前はなんていったかな。
審判が二人を見る。
「五回戦、フレデリック対、挑戦者ディアス、始め!」
ディアスは小盾を突き出しながら、右へ左へ動いている。挑発しているのか、隙を窺っているのか、おそらくは後者だ。
ならば、一当てして相手の反応を見るまでだ。
フレデリックは駆け出す、ディアスは動きを止めて相変わらず左手の小盾を突き出している。右手には長剣型の木剣が握られていた。
剣でも盾でも片腕で俺の月光を受けきれるかな。
フレデリックは剣を突き出し、盾に切っ先を当てた。
その瞬間、物凄い速さでディアスが身を乗り出し斬りつけて来た。
フレデリックは慌てて回避した。ディアスは再び小盾を突き出し身構えてくる。
なるほど、カウンター狙いか。最初からそんな消極姿勢を貫こうとは謙虚なのかもしれないが、つまらないな。
会場が沸いていないのが何よりの証拠である。
だが、ディアスに戦い方を変えろというのも卑怯な話だ。要は勝てば良いだけのこと、さっさとディアスを敗退させてしまおう。ディアスはまたもや右へ左へ動いている。俺に隙が無いなど信じたくは無い。俺はまだまだ未熟だ。
だが、ディアスの動きがいい加減鬱陶しくなり、フレデリックは再度攻撃を仕掛けた。
突きから入った。
しかし、ディアスは盾でフレデリックの剣を薙ぎ払い、反撃に出て来た。大振りであった。
フレデリックは辛うじてその一撃を避けながら後方へ回る。そして反転しようとするディアスの胴に手を回し、持ち上げ身体を反り返らせる。フレデリックのバックドロップに会場が沸いた。
フレデリックはそのまま地面に仰向けに倒れたディアスの腹目掛けて、逆手で止めをさそうとしたが、同じプリガンダインを着た年上の若者は身を転がせて間合いを取った。
木の兜の中に緩衝材でも入っているのだろうか、脳震盪を起こしている様子は見られなかった。
ディアスがまたお得意の構えを見せる。矢のような反撃は見事だが、それに全身全霊を懸けているようではまだまだ甘い。
もはや間合いを詰めるのがフレデリックの役目であるかのようだった。ただ、狼のような反撃は見事だ。その見事な反撃に反撃し、勝つしか道は無いということだ。
ある意味では卑怯なやり方だ。観客のヤジにもめげず体勢を整えている。こちらを焦らせて一気に狩る。
フレデリックは仕掛けた。どうにか乱戦に持ち込みたい。数歩ステップを踏み、剣を突き出し、盾に当てる。刹那、相手が動いて大振りを見せる。
フレデリックも両手で剣を握り同じく全身全霊の一撃を放った。
「月光!」
木剣同士が激突する。ディアスは慌てて盾を持ちながらも左手を戻して剣の柄を握った。両腕同士の力比べは以外にも拮抗していた。ディアスの真面目な顔が凄い気迫で競り合いに挑んでいる。
これは相手が強いのではない。俺の力不足だ。フレデリックが足を動かそうとした時、ディアスが素早く力を加えて来た。フレデリックは虚を衝かれ、二歩ほどよろめいたが、ディアスにはそれで十分だったらしい。
剣を振り、避けると盾で顔面を狙ってきた。
息も吐かぬ二連撃にフレデリックは危ういところを躱して免れた。そこへ三つ目の払いが来る。真正直に胴を狙った攻撃をフレデリックは下段から剣を振り上げ、つまり逆月光を放って掬った。
ディアスは見事なものだった。体勢を崩しながらも片手で剣を握り、持ち応えながら、隙を衝くフレデリックの刃を小盾で受け流し、足払いまでも仕掛けて来た。
思わぬ動きにフレデリックは足に引っ掛かり、転んだが、素早く前転して追撃を避けた。
力もあるそれに器用な戦い方だ。
そういう感想こそ、侮りを持っている証だとも自分を律した。自分はヒルダやマルコの思いを背負って戦っているのだ。
フレデリックは駆けながら旋回し、相手に攻撃を仕掛けた。一撃目と二撃目を盾で抑えられ、正面に渾身の一刀両断を放った。
木の高い音色が木霊する。ディアスもまた全力で反撃、いや、応戦して来たのだ。
月光は大振りの必殺のつもりだ。だからこそ、身体が硬直する数秒がどうしても危うい。ディアス自身も熟知していたらしく、競り合うのを止めて剣を受け流し、フレデリックの懐に入った。
フレデリックはあるいは終わりかとも思ったが、横蹴りでディアスの肩に当て、突き飛ばした。
よろめくディアスの盾に全力の月光を打つ。盾が手から落ちた。
ディアスが瞠目しながら、慌てて盾を失った左手を剣に添えようとした時に、フレデリックは、再び我流の旋回斬りをしながらフレデリックの剣に剣をぶつけて強引に懐に入り、突きを放った。
木製の切っ先はディアスの剣の脇を掠めて喉を強かに打った。
「うっ!?」
ディアスが呻いて、よろめく。黒目が上を剥き、そのまま年上の若者は倒れた。
審判が駆け寄って来る。まずはディアスの意識を首に手を当てて確認し、フレデリックのもとへ来る。そして会場へ宣言した。
「勝者、フレデリック!」
観客が惜しみない拍手をくれた。
フレデリックは声援に応えながら、今の戦いを振り返っていた。今の戦いから学んだこと、それは、攻撃こそ最大の防御ということだ。我流の攻めが役に立った。
疑念を感じず、そして恥にも思わず信じて鍛えていて良かったと彼は思ったのだった。




