「四回戦」
午前の戦士達を容易く敗退させることができたのはフレデリックにとっては驚くべきことであった。
いつの間に俺はこんなに強くなったんだ。
自分の手のひらを見る。鍛練と辛酸の日々が脳裏を過った。今ならダンハロウとも互角に戦えるかもしれない。
そんなことを考えていると、客席中が沸いた。
何事かと会場への入り口を見ると、木製の先の丸い長槍を持った影が歩んで来る。
「あれは」
「マルコオオオッ!」
観客達がその名を呼ぶ。
帰ってきたのだ、ガランの門番、マルコ・サバーニャが。
「よぉ、フレデリック」
兵士の外装のマルコは細い目を向けて少し恥ずかし気にそう言った。
「マルコ、よく再び! また戦えるな」
「ああ。給金で少し余裕ができたことだし、もう一度、来て見た。俺の友人、フレデリックがどれほどまでに成長したかを見にな」
「それは光栄!」
両者は向かい合った。
マルコの槍は六メートル。ちょうど、フレデリックの腰の前に丸い穂先がある。
昔の俺を、俺だと知る唯一無二の男だ。彼ならば、俺の成長を分かってくれるかもしれない。いや、魅せたい。彼の目に留まる剣技を俺は魅せたいのだ。
審判が距離について確認してくるが、マルコもフレデリックも問題無しとした。
「では、四回戦、フレデリック対、挑戦者マルコ、始め!」
一撃目、即座に槍が突いてくる。フレデリックはそれを剣で叩いて、防ぐと、さっそく、そのわきを抜けようとした。マルコは長槍を戻して、適度長さに素早く調節して突いて来る。
フレデリックは両手で剣を握り、何度も何度も彼の名付けた「月光」で弾き返した。
マルコの眼前に迫った時、マルコは不意に後方へ一歩下がり、勢いよく身を捻って石突を伸ばすように繰り出した。その早業にフレデリックは一瞬動きを封じられ、マルコは槍を旋回させて、短く持った槍先を繰り出した。
楽勝だとは思わなかった。長槍の弱点である近接する間合いの中でもマルコなら何かをしてくるはず。そう、油断はしなかった。器用に短く持った槍を操りながら、フレデリックとマルコは打ち合った。
だが、フレデリックは気付いた。マルコの槍はどんどん伸び、いつの間にか間合いの外へ押し出されたことを。気付いた時には観客が声を上げていた。
「雷鎚が来るぞ!」
その言葉通り、頭上から槍がフレデリックを叩くべく、振り下ろされた。
避けても避けても執拗に、後を追い、大地を穿ち、土煙を上げながら、雷鎚は襲って来る。確かに雷鎚の名の通り、雷のような速さと強烈さを併せ持っている。長槍をここまで操れるのは世の中でマルコだけでは無いだろうか。午後の部のヴァンも槍使いだが、マルコよりは遥かに短い。
長槍の天才、奇才、その名はマルコ! だが、俺は負けぬ!
駆け巡りながら雷鎚を避けるフレデリックだが、ここいらで客にも応えなければならない。そう、使命感を感じ、マルコの雷鎚をフレデリックは剣で下段から振って受け止めた。逆月光と名付けよう。などと思いながら力比べをする。マルコの腕力と槍の重さが肩に食い込むように圧力を掛けてくる。
観客達が沈黙し、勝敗の行方を見守っていることに少なくともフレデリックは気付けなかった。
マルコの槍がわきへ逸れた。力比べに勝っても勝負に負ければ意味がない。横から薙ぎ払いを、月光で打ち再び力比べが始まる。
長い槍など扱いにくいだけだろうに、本当によくやる。
フレデリックは歯を食い縛って受け止めながらそれを押し返した。長槍が不安定な軌道で舞い上がる。
今こそ!
フレデリックは猛然と駆けた。両手で剣の柄を握り締め、マルコへ肉薄する。
「げっ」
言葉が続かなかった。マルコが素早く槍を戻し、頭上で旋回させたからだ。
だが、フレデリックは歩みを止めない。
「フレデリック! 俺の究極の一撃を受け止めてくれ!」
マルコが叫び、槍は再び頭上から振り下ろされた。
だが、速さがまるで違う。下段からの逆月光で受け止めながらフレデリックはズシリと肩と腰と足に加わる相手の力を思い知りながら思案する。
分かった、距離だ。これが槍らしい力を発揮できる間合いなのだ。だからこそ、マルコの腕力を感じる。
二人は三度目の根競べに移った。
観客達はマルコとフレデリックを推す二つの声に分かれた。
フレデリックは身体中の血管が切れそうなほど力を上げ、咆哮を上げた。
その結果、マルコの槍は軌道が逸れ、その逃げきれなかった腕力が仇となり地面を打つ。
フレデリックはマルコ目掛けて迫った。槍を戻すマルコと、その首を取るフレデリック、腕と脚の速さの勝負であった。
マルコが長槍を戻して薙いだ。
フレデリックは跳躍しそれを避け、大上段に構えた剣を振り下ろした。
「真・月光!」
それはマルコの雷鎚を凌駕するほどの一撃であった。マルコの鉄兜を強かに打ち、着地すると、マルコは後ろによろめいて昏倒した。
肩で息をし、フレデリックは少しの間マルコを見ていた。
「マルコ!? 大丈夫か!?」
我に返って友人の名を呼ぶと、マルコは短く呻いた。そして半身を起こす。
「随分、力をつけたな。俺の負けだ、フレデリック」
「勝者、フレデリック!」
審判が宣言する。
観客は大盛り上がりで、フレデリックとマルコの名を呼んだ。
フレデリックは手を伸ばし、マルコは掴って起き上がった。
マルコは兜を脱いで黒髪を披露すると、兜を見せた。
その鉄兜はわずかにへこんでいた。フレデリックは驚いた。だが、以前の三体三での戦いのときにウィリーがカンソウの兜をへこませた大きさと深さに比べるとまだまだだ。
「鉄をここまでやれるんだ。俺も脳震盪を起こした。死んだかと思ったよ。本当に強くなってくれたな、フレデリック」
マルコが微笑む。
「君を含めたみんなのおかげだ。本当にありがとう」
「ああ」
マルコは頷いた。
「次の試合も勝てよ。今の勢いならチャンプと戦えるかもしれない。午前の戦いに革命を起こせるかもしれないぞ」
「起こしてみせるさ」
「その意気だ」
マルコは再び頷き、そして長槍を掲げて背を向け、入り口へと戻って行った。




