「月光対竜閃」
一勝を掴んだが、それでも戦いは苦労する。並の戦士よりは強くなったような気もするが、それとも自分がようやく並の戦士になったのかは分からない。
会場は大いに沸いていた。それもそのはず、入り口から姿を見せたのはヒルダだったからだ。
彼女は例の如く、顔の前に剣の柄を近づけ、掲げ上げた。
六メートルの間合いに来ると、彼女は多少は微笑みを見せた。
「フレデリック、負けませんよ」
「チャンプに挑めるのが俺か君か、はっきりさせようか」
「それは言い過ぎです。午前の部にも見どころのある戦士はいます。少々、余裕が出て来たようですね」
「そうかもしれない」
審判が二人を見る。
ヒルダは剣を横に伸ばすように構え、フレデリックはいつも通り、どう対処しても遅くはならない正攻法で正面に構えた。
「フレデリック対、挑戦者ヒルダ、始め!」
審判の宣言が終わるや、ヒルダは猛然とこちらへ疾駆する。
左手にも短い木剣を取っていた。いつもなら一本で目くらましをして間合いを詰めては来るが、今日は二本、タイミングとしてはやや遅れて投擲された。
顔を真っ直ぐ狙う二本の剣をフレデリックはわざわざ弾き返した。ここで避けては観客がつまらないだろう。いつもは下段を狙うヒルダだが、今日はそのまま体当たりを仕掛けて来た。
フレデリックはよろめいたが、すぐさま右手首を掴まれ、足を蹴られてその身体は宙を舞った。プリガンダイン越しに背中が地面と激突し、フレデリックは呻きながら目を見開いた。ヒルダは容赦なく右手首をきつく握り締めながら左手の短い木剣でこちらの頭を狙っていた。
逆手に持った剣が振り下ろされるや、フレデリックは身体を捻って飛び上がり、ヒルダの首を両の太ももで挟んで、そのまま力いっぱい身を回転させた。
今度はヒルダが地面へ倒れる番であった。フレデリックは体重を掛けて彼女を地面に組み倒したままだ。
「君が体術を使うとは思わなかった」
「お客さんの声援に応えるには新しいものも取り入れなきゃ駄目だと……思って!」
ヒルダがフレデリックの股間を、いや、睾丸を握り締めて来た。明らかに潰れても良いというような握力であった。
たまらずフレデリックは呻いて、ヒルダの首から太ももを放して、転がって間合いを取った。
御淑やかなお嬢さんかと思ったが!
飛んでくる短剣を弾き返す。
今度こそ下だ!
フレデリックの読み通り、ヒルダはそこにいたが、下段をそのまま滑り、背後に回り込んだ。
悪寒と共にフレデリックは剣を両の手で握り一気に上段から振り下ろした。
「竜閃!」
「月光!」
ヒルダの跳躍し顔を狙った横薙ぎと、フレデリックの下段へ振り下ろされる膂力がぶつかった。
剣は激しい音色を奏でた。
ヒルダは着地し、そのまま鍔迫り合いに持ってくる。フレデリックは勢い込む彼女と力比べに移った。
ヒルダの険しい顔が剣越しに見える。
膂力の上ではフレデリックが有利であった。と、確信した瞬間、ヒルダはローキックを脛にぶつけてきた。そしてそのままの勢いで間合いを取った。
彼女は肩で息をしていた。皮の帽子なのが残念であった。鉄兜ならとても良い絵になったはずだ。ヒルダは綺麗だ。肩を上下させ、息を整えている。
次はこちらから仕掛けるか。盛り上がる観客達の声を聴きながらフレデリックはヒルダへ向かって突撃した。
ヒルダが一本剣を抜いて左手で投擲する。
それを弾き返し、勇躍してフレデリックは飛び上がった。両手で握った剣を大上段に構え、振り下ろす。
「真・月光!」
自分でも思わずそう叫んでいた。
しかし、ヒルダは賢明にも避けた。
フレデリックは地面の上をよろめく。
ヒルダが横から剣を突き出してきた。フレデリックはこれを剣でどうにか受け流し、そのままヒルダへ突き返した。
ヒルダは後方へ跳んで避けると、手を腰にやり、短剣を抜いた。
これだけ投擲する試合は珍しいのではないだろうか。
ヒルダが腕を振った。短剣型の木剣は顔ではなく足を狙っていた。
フレデリックはこれを身を捻って打ち返した。
返ったそれが、ヒルダの顔の脇をすれすれに掠めて行き、ヒルダを瞠目させていた。
フレデリックは咆哮を上げて駆けた。そろそろ決着をつけねばなるまい。
剣を両手で引っ提げ、ヒルダ目掛けて上段から下段へ振り上げ下した。
ヒルダは後方へ跳躍し、そのまま剣を投げつけて来た。
数回転した剣が見えた時、フレデリックは己の終わりを悟りそうになったが、闘志は燃え尽きていなかった。脳と目が異常に冴え渡り、飛んでくる剣を避けつつ、跳んだ。
「おらあああっ!」
フレデリックの空での一刀両断、「真・月光」はヒルダの頭を激しく打ち付けていた。
地面に先に降りたヒルダが、倒れた。フレデリックは着地していた。
観客達が静まっている。
審判が歩んで来た。
「勝者、フレデリック!」
フレデリックが剣を掲げると、観客達が一斉に歓声を上げた。
一方、ヒルダは死んだように動かなかった。
皮の帽子も固いが、それでもまさか、ヒルダの脳に損傷を与えてしまっただろうか。
友人の様子にフレデリックは責任を感じ始めた。
審判が入り口を振り返って担架を持ってくるように声を上げた時、ヒルダは首を振って呻いて、地面に手を付き、ゆっくり立ち上がった。その目がぼんやりしたものから、急に緊迫したものへと変わった。
「フレデリック!」
まるで剣を構える動作をしたが、肝心の剣は地面に落ちていた。
「落ち着きなさい、ヒルダ、あなたの負けだよ」
勇敢なこの審判は殺気立つ女性を前に間に割って入った。
「確かに、この頭の痛みは、打たれたということですね」
ヒルダが言うと審判は深々と頷いた。
「ヒルダ、すまん、歩けるか?」
フレデリックが言うと、ヒルダは軽く笑みを浮かべた。
「心配は要りません。記憶があいまいですが、良く動いた試合だということが身体で分かります」
ヒルダはそう言うと頷いた。
「フレデリック、このまま勝って下さいね」
「ありがとう」
ヒルダは頷き返し、入り口へと引き上げて行った。
ヒルダの言う通り勝たねばならない。友である彼女の意志を引き継いで勝ち上がることだけが今の俺の使命だ。
フレデリックは深く息を吸い込み、吐き出し、次なる相手の到来を待った。




