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挑戦者  作者: Lance
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「対ウォー」

 審判の声と共にフレデリックは突撃を仕掛けた。相手が自分よりもはるかに優れているというならこれで終わったはずだ。

 フレデリックは結局、身構える相手の上段から剣を振り下ろした。

 ウォーは当然受け止めた。だが、次の瞬間、剣を伸ばし、絡めとるように動かし、籠手を狙ってきたので、フレデリックは慌てて、剣を戻した。

「大した膂力だ」

 ウォーが言った。

「そういうあなたは顔に似合わず気持ちの悪い剣技を使いますね」

 フレデリックが素直に述べると、ウォーは声高に笑い、頷いた。

「ヒルダさんには真っ直ぐに育ってほしかったから教えなかったけどね」

 だが、その声は観客の声援でフレデリックにはよく聴こえなかった。

「ほら来いよ。どんどん打って来い」

 ウォーが声を上げ、挑発するように左手の人差し指を動かす。

 罠かもしれない。だが、俺はあえてその罠に飛び込もう。フレデリックは踏み込み、剣を横に薙ぎ払った。

 驚くことが起きた。ウォーは薙ぎ払いの中を剣で掻い潜ってフレデリックの顔面に切っ先をぶつけに来たのだ。

 フレデリックは首を傾けて刃を避けた。途端にローキックを放ち、ウォーの足払いを止めていた。そしてそのままウォーの胴に体当たりを喰らわせ、剣を持った手首を握り、足を蹴った。

 一本背負いが決まるはずだったが、ウォーはその身体からと思われぬほど、背中を右手で押し返し、両足も加えて蹴り、これから脱出した。

 観客がざわめく。

「さすがは午後の戦士」

 フレデリックは振り返ってこちらを見る相手に向かってそう述べていた。

「体術が上手いな。勘も良い。君が午後に上がって来たら見どころがまた一つ増えそうだ」

 ウォーはそう言うと、早いステップで大きく三歩詰め寄り、剣を突き出した。

 フレデリックは身を躱し、突き返したが、ウォーも器用に身を避ける。

 ヴァンの誘いの声が甦った。そして午後の戦士達に七連勝した実績も思い出す。フレデリックは思った。俺の実力は実はもう午後に相応しいものになっているのではないか? ウォーと同等にやりあっているように思えるのが証拠だ。

 だが、一瞬のおごりの間にウォーの姿が無くなっていた。

 靴先が辛うじて目の上に映ってくれた。

「竜閃!」

 頭を狙った高速の薙ぎ払いをフレデリックは相手の足の下を潜る様に転がって避けた。

 そして背中を狙い、突きを放つ。と、ウォーが、背中のまま後退し、突きを避けて、フレデリックの手首を握った。

 まさか!?

 足を掬い蹴られ、ウォーの背から一気に固い地面に叩きつけられる。

「がはっ!?」

 思わず激しい衝撃に息を吐いたが、慌てて転がって間合いを放した。

 追撃を諦めた様子のウォーが言った。

「投げ技はやっぱり派手だ。客の受けも良い」

「俺に出来てあなたに出来ないという道理は無いということか」

 フレデリックはそう言うと、剣を正攻法に構え、ウォーの出方を窺いながら、距離を詰めていった。

 ウォーが身を後方に引き、全身を前に戻して左手の何かを投げつけて来た。

 速くもあり、顔も狙うそれをフレデリックは剣で叩き落とした。ヒルダの戦法が脳裏を過り、泡を食いながら下段に剣を下した。

 木剣同士がぶつかり合い、衝撃を鳴らす。デズーカ並みの痺れが手を伝って身体を流れて行った。だが、剣を放さず、次々来る猛攻の前にフレデリックの剣を持つ手と身体は痺れたままだった。

 このままでは圧し折られる。

 防御に回りながらフレデリックは剣のダメージを気にし始めた。だが、これを身を捻って避けるなど不可能にも思えた。

 フレデリックはただただ一方的に打ち込まれるだけであった。

 観客のウォーを推す声と、フレデリックへのヤジが飛んだ。

 必死に防衛する中、まるでするりと滑るように突きが飛び、フレデリックの喉を打った。

 その強烈な一撃にフレデリックはよろめいて、倒れた。

 審判が駆けてくる足音がした。

「勝者、挑戦者ウォー!」

 観客達が拍手を送る。

 フレデリックは立ち上がり、ウォーを見た。

「どうする? 午後に来るかい?」

「いいえ、今一度、ここで鍛え直します」

「分かった」

 ウォーが頷くのを見て、フレデリックは会場から引き揚げた。

 奴を甘く見ていた。さすがは午後の戦士だ。薄暗い回廊を歩みながら、次なる挑戦者とすれ違い、今日のチャンプ戦はウォーになるだろうとフレデリックは予測していた。



 2



 ミリーを厩舎で見送った後、フレデリックは宿の裏で剣を抜いて思案していた。

 何が違かったのだろう。ウォーの動きを思い出しながら、指を折ってその優れた動きを反芻していた。

 だが、どれもこれもまとめて鍛えていては間に合わないような気がした。何に間に合わないのだろうか、歳だろうか? 自分にもそれは分からない。

 結果、出たのは、普通よりも恵まれた体格で繰り出される膂力だとフレデリックは決定づけた。

 デズーカにもカンソウにもマルコにも負けている膂力、女性のヒルダも自分と同等ぐらいだ。やはり剣を振るう力と速さが第一なのかもしれない。

 薄い雲に隠れた月がフレデリックを見詰めている。

 月か。見上げながら、例えばダンハロウが「秘剣」と呼び、例えばヒルダとウォーが、声に出した「竜閃」という特別な一撃を思い返す。何の変哲の無い斬撃であり、薙ぎ払いであった。俺もあるいは試してみるか。月を見上げ、その技を、いや、攻撃、あるいは動作をフレデリックは「月光」と名付けることにした。

 後は月光に相応しい、一撃をどうするかだけだ。

 いつもより熱心に素振りし、心を研ぎ澄ませていた。

 その時、不意に片手剣を両手で握って膂力を単純に倍近くに上げた。単純だが、片手剣使いとしては少しだけ珍しい一撃が脳裏を過った。

 フレデリックは肩で息をしているのを落ち着かせ、両の手で剣の柄を握り、渾身の一撃を振り下ろした。

 強靭な風の音色が地を裂いた。

「月光」の誕生であった。こうなれば後は月光に相応しい膂力を磨くのみであった。

 フレデリックは剣を鞘に締まって置くと、腕立て伏せを始めた。だが、彼自身疲れを忘れ、うきうきしていた。月光を早く披露したい。

 雲の切れ目から顔を覗かせた月がフレデリックの鍛練する様を応援するように眺めていた。

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