「対デズーカ」
太陽の光りが大地を眩しく照らす。観衆の声が波のように聞こえた。
フレデリックは歩んで行く。巨大な影がその到着を待っていた。
「フレデリック」
「デズーカ、何勝目だ?」
「五勝目だ」
「ならば、まだまだ道は先だな」
「そうだ」
デズーカはニヤリと笑って答えると腰を落とし居合の構えをする。尋常ではない殺気をフレデリックは感じた。まるで真剣を持っている人物を相手にしているようだ。触れられたら斬られる。フレデリックは正面に剣を向けた。
審判が宣言する。
「第六試合、デズーカ対、挑戦者フレデリック始め!」
デズーカが間合いを詰めてくる。そして、その一撃は本物の剣のように斬光を発し、フレデリックの剣を打った。
速い。それにこの膂力。やはりデズーカは凄い戦士に大化けしたのだ。いかに自分は過去のデズーカを侮り、成長の余地があることを見抜けなかったのかが悔やまれる。ここまで親しくなれるのなら、助言の一つもしてやれば良かった。
痺れが身体を抜け、体勢を立て直す。
仕掛けようと踏み込むが、それが命取りだとも思い、足が竦んでしまう。
このまま消極的な試合を続ける気か?
客の反応を得るのも闘技戦士の務めでは無いか。
フレデリックは右足を出した。そして引っ込めると同時にデズーカがフェイントに乗って来て真横に斬撃を放つ。フレデリックは受け止め、デズーカが木剣を鞘に戻す前に、剣を打った。
デズーカは剣を鞘に戻さなければ、集中してあれだけの一撃を放つことはできないはずだ。ダンハロウだって居合を教えるので手一杯だったであろう。しかし、その短い期間でここまで成長するとは、デズーカの飲み込みの早さか、ダンハロウの指導が良かったのか、どちらであろうか。
フレデリックは乱打した。速度を上げ、懸命にあらゆる所から攻撃を仕掛けた。
やはりデズーカは追いつくのに精一杯の様子だった。
よし、これなら強引に押して行ければ、フレデリックは旋回し、一撃を剣に与えてそのまま勢いに乗じて懐に飛び込み、デズーカの手首を取り、足を払った。
そうして本来なら重い巨体を楽々一本背負いにして見せた。観客が歓声を上げてくれた。「良いぞ、フレデリック!」
「柔術剣士!」
柔術剣士か。良い名前を貰った!
フレデリックはデズーカが転がって立ち上がる瞬間を狙って剣を打ち込んだ。
だが、デズーカの重い斬撃が剣を逆に激しく鳴らした。
転がりながら居合の構えをしていたらしい。存外器用な男なのだろうか。
再び、痺れに圧され、フレデリックは呻きながら、剣を構えようとしたのだが、デズーカは先ほどの乱打の応酬で学んだらしく、素早く剣を鞘に収め、また強大な一撃をフレデリックに打ち当てて来た。
フレデリックは辛うじて避け、空気を裂く鋭い音色を聴きながら、今はもう遅いと感じ、仕掛けるのを止めた。
デズーカは剣を鞘に収め、柄を握り、半身を前かがみにさせながら狙いを定めてくる。
狙い易い部位といえば当たり判定の大きい胴だろう。先ほどの攻撃を受けた木剣を見ると、確かに胴の辺りに置いた木の刃が凹んでいた。
デズーカを観察する。下段に剣を届かせるには彼にとっては少し無茶だろうが、あの大きな足に力いっぱい踏まれれば逃げられることはできない。一方、頭まではこちらが苦労する。何だ、まるで無敵じゃないか。いや、そんなことはない。必ず弱点があるはずだ。
フレデリックは先ほど同様、誘ってみることにした。
右足を前に出す。
デズーカの剣が放たれる。それを飛び退いて避けると、デズーカが少しよろめいて剣を鞘に戻していた。
居合、一見、物にしたように見えたが、まだ修練不足な点があったか。足腰の鍛えが足りない。突き出した頭を引っ込める際に、硬直時間がある。
デズーカが体勢を戻す。
もうフェイントには乗って来ないか? デズーカの性格を考える。いや、彼自身、依然言っていた。気配を感じ取れるようにならなければならないと。
あいにく目は開いていて、精神にも乱れが生じているのが分かる。デズーカは元々体力の無い剣士であった。幾らダンハロウでもそこを一気に改善できるような魔法の様な指導法があるわけが無かった。体力とは地道につけるものだ。
心技体。デズーカが成長したのは技だけだが、破壊力のある単純なものだ。
フレデリックはデズーカ目掛けて踏み込んだ。
デズーカの剣が鞘走る。
フレデリックは剣を逆手にし両手で柄を握って、その破壊的な一撃を受け止めた。そしてそのまま流れるようにデズーカの懐に飛び込んだ。
何も恐れることなど無かったのだ!
フレデリックは順手に戻した剣で胴を強かに打ち付けた。
「くおっ!?」
デズーカが呻きではなく驚きの声を上げる。
「勝負あり、挑戦者フレデリックの勝利!」
「俺の居合のどこが悪かったんだ?」
デズーカがそう尋ねて来た。
「簡単だ、攻め方が単調過ぎる。あとは体力と足腰の脆さだ」
「むぅ、精進あるのみ。それじゃあな」
デズーカは去って行った。
フレデリックはまず午前の大きな壁の一つを崩せたことに安堵した。単純な力で言えばデズーカの方が遥かに上だ。見えない居合の軌道を読み、運任せで踏み込んで受け止め、勝った。自分もまだまだだ。
その時、会場が沸き上がった。
ヒルダでも来たか?
見れば、彼女より少し大きな影が歩んできていた。
銀色の甲冑に身を包み、手には長剣型の木剣を握っている。
兜があり、赤い布の房があった。
「ウォー・タイグン?」
フレデリックは驚いてその名を口にしていた。
「ヒルダさんから凄い成長著しい剣士がいると聴いてね。先ほどのデズーカを撃破したのだから、名前は訊かなかったが、たぶん、君のことだろう」
二十代後半とも言える若き美丈夫はそう述べた。
フレデリックは緊張を覚え、相手を見ていた。
俺は今、午前の戦士の代表として、ワンランク上の午後の中堅戦士を相手にしている。これに勝てれば、午前の部の大きな誇りと自信になるだろう。デズーカにそれができたかは分からない。だが、彼を倒した以上、その責任を自分は負わねばならぬのだ。
フレデリックは笑顔の相手を凝視していた。
審判が歩んで来る足音を聴き、この六メートルの間合いを詰めるのか、待つのか、逡巡し、決めた。
審判が両者を見て声を上げる。
「第一試合、フレデリック対、挑戦者ウォー! 始め!」




