「苦戦、午前の部」
コロッセオの入り口は観衆かと思われるほどの戦士達が受付で長蛇の列を作っていた。やはり、昨日の午後の試合で敗退した者達ばかりで、午前の部を舐め切った態度で、挑もうとしている。こんな時にまだダンハロウが居てくれればと、勝手なことを思っていた。ダンハロウならチャンプにしても悔しくは無い。だが、こいつらは午前の部を卒業したつもりでいる者達だ。勿論、実力はあるだろう。だが、午前の部にも誇りを懸けて戦っている戦士達がいることを実力で教えてやりたかった。
列はなかなか進まない。激闘は既に始まっている。カンソウやヒルダ、それにデズーカは既に挑んだのだろうか。
「壮観だな」
列から外れ離れたところに立っていた男が言った。金髪の男で無精ひげが見える。手には剛とも思える見事な本物の槍を提げていた。
彼はヴァンだった。午前の部に参加できれば彼がまず優勝だろう。フレデリックは心で身構えていた。しかし、ヴァンは観客席の受付へ行って中へ消えてしまった。フレデリックは安堵したが、負けるなら負けるで、客席のヴァンに名を覚えてもらえるような戦いをしたいと思った。
列が進み、デズーカが入れ替わるように外に出て来た。
「おう、フレデリック」
「おう」
デズーカとここまで親しくなれるとは正直思わなかった。この巨漢はダンハロウに弟子入りしてから人が変わったように穏やかになった。だが、勿論、膂力に技術も向上している。
「悪い、一回戦負けだ」
「そうか、残念だったな。カンソウやヒルダを見たか?」
「見てないぜ。俺もこの長い列にいたからよくは分からないが、もしかすれば病室かもな」
その可能性は少なくも無かった。何せ、ここに集うのは午後の戦士達だからだ。一人一人が、あのカーラやウォーに一歩及ばないだけの力を持っている。
「そういえば、ダンハロウ殿は?」
「師匠はべリエルに帰った。俺はどうしようかな」
「ダンハロウ殿の教えを思い出して修練に励んだらどうだろう?」
「うん、やっぱりそうだよな。俺の居場所はここだからな」
その言葉にフレデリックは強く頷いた。
「じゃあ、俺はもう行くわ。頑張れよ、フレデリック」
「ありがとう」
巨漢デズーカは大きな歩みで去って行った。
ダンハロウさんは帰ってしまったか。越えたかった壁だ。それが壁が無くなってしまうほど無念な話は無い。
列が進み、入れ替わるように敗退者が外へ出て来た。
そうして三十分ほど待ち、フレデリックはようやく受付に到達することができた。
「おはようございます、フレデリックさん」
いつも可愛い受付嬢が言った。
「大盛況だな」
「そうですね、午後のチャンプウィリーさんに相応しい人が残ればと思っています」
剣を預け出場料を払ってフレデリックはジェーンに案内された。
「今日は何人ぐらい案内したんだ?」
「もう五十人は案内したわよ」
ジェーンがうんざりしたような顔をした。
「良いじゃないか、君らの懐が温かくなるんだから」
「それはそうだけどね。……以前のあなたみたいな執着心が彼らに無いのが残念だわ」
「一日一度の参加のルールは守ってるのだから、良いんじゃないか?」
控室に入り、木剣を選ぶ。
「ヒルダや、カンソウは?」
「私は案内しなかったからよく分からないわね」
「そうか」
扉が叩かれ、ジェーンの同僚が姿を見せた。
「フレデリックさん出番よ」
「頑張ってフレデリック」
「分かっている。最善を尽くせるように努力しよう」
フレデリックは回廊へ出て小走りに駆けて、陽の注ぐ会場へと出た。
勝利者が待っていた。見たことの無い若い男だった。優しそうな面構えを真面目に引き締めていた。あまりコロッセオには来ないのかもしれないな。フレデリックは位置に着いた。
「では、五回戦、ディアス対フレデリック始め!」
ご、五回戦だと!? こいつがか!?
瞠目するフレデリックの目の前に相手は突っ込み、長剣の木剣を切り下げる。
フレデリックは得物で受け止め、手には痺れは走らなかったが、相手と鍔迫り合いをした。
フレデリック相手にも手を抜かず決死の形相をしている。そこが気に入った。その思いに応えたい。
フレデリックは、押し返すや、ローキックを相手の膝頭に見舞った。
「ぐっ」
相手が押される。
「うおおらあああっ!」
フレデリックはここぞとばかりに吼え、力いっぱい相手を押し退けた。
相手はよろめき、そこにフレデリックは打ち込んで行く。
正面へ突き、右から左から剣を振り下ろすが、このディアスも根性で踏みとどまり、今度は身を低くしてフレデリックに体当たりをした。
フレデリックは攻撃の途中だったためまともに受けて、転倒した。兜も帽子も無い後頭部が熱砂を感じる。
フレデリックは転がって立ち上がり、追いついてきたディアスに上段から一撃を見舞うふりをした。
ディアスは騙されることなく、剣を突き出してきた。
フレデリックはどうにか身を躱し、逆に相手を突いた。だが、ぶつかったのは籠手ではなくいつの間にやら取り出した小盾バックラーであった。
盾を使う者がついに現れたか。フレデリックは思わず笑みを浮かべていた。
「はあっ!」
相手が盾を前面に出し、突っ込んで来た。
盾の相手は初めてだが、これを避けても剣が来ることはお見通しだった。
フレデリックは後方へ跳んだ。盾を引っ込めた次の相手の薙ぎ払いは空を切った。
相手は尚も盾を向けて歩んで来る。注意深く隙を窺うように。
フレデリックは仕掛けることにした。
剣を下段に提げ、相手の盾の前で剣を力いっぱい薙ぎ払った。だが、これが迂闊であった。相手もまた盾を横に振るって、剣と盾がぶつかり、この戦い一番の大きな音を上げた。
そうしてもはや惰性でも遅かった。相手が踏み込み、大ぶりに身を捕らわれたままのフレデリックの懐に飛び込んだ。
ああ、くそ、負けた。
木剣がフレデリックの鎧、プリガンダインを高らかと打とうとした時、フレデリックは左手を伸ばして相手の籠手を掴んで引き留めるや、自分でも訳の分からないまま、その襟首をもう片腕で掴み、戦いの勘に任せて相手を一本背負いにしていた。
「がはっ!」
背を強かに打ったディアスが声を漏らす。
フレデリックはその金属鎧の心臓の辺りを狙って剣を容赦なく突きおろし、相手を打った。
「勝者フレデリック!」
今頃になって周りの音が声が耳に届いてきた。それだけ、真剣に挑んだ証拠であった。ディアスに手を貸すと、相手は掴んでくれて起き上がった。
「世の中は広いですね。あなたのような戦士と戦って負けたなら悔いはありません。ご縁があればまた戦って下さい」
ディアスはそう微笑むと、背を向けて会場を後にしていった。一方フレデリックは肩で息をしていた。
こんな相手を後九人か。
次の相手が歩んで来るのが見えた。




