「チャンプ不在の午後」
フレデリックは休みをもらった。単純に午後の試合が気になったからだ。強豪達はここを避けて明日の午前の部に来るのか、それと、誰が午後のチャンプになるのかが気になった。ここで決まったチャンプと、明日の午前に決まったチャンプが勝負し、本物のチャンプが生まれる。
ヒルダはいない。カンソウも来ているとは思うが広大な観覧席を隅から隅まで見るのは不可能だった。
そして第一試合、いきなりドラグナージークが現れた。相手は午前の部に顔を出していた者であった。フレデリックは憤った。
大バカ者め。お前で午後の試合が務まるわけが無いだろう。餌にされて終わりだ。
フレデリックの読み通り、ドラグナージークは勝利を収めた。
とはいえ、負ければチャンプへの近道は明日の午前ということになる。ドラグナージーク程の男は節度を弁えているだろう。フレデリックはそう信じ、次にヴァンが現れたのを見て安堵した。
ヴァンの力強い雄たけびと槍がドラグナージークを追い詰めようとするが、そう簡単にはやらせない。勝負は割と早く決着がついた。相討ちであった。ドラグナージークの薙ぎ払いが胴を打つのと、ヴァンの槍が兜を打つのが同時であった。二人ともいちゃもんを付けず、笑って讃え合って会場を後にした。
「と、いうことはウィリーがチャンプ候補か」
べリエルの竜傭兵隊長ウィリーはガッシリした身体をし、巨眼を剝き出しにして戦いを挑んで来る。肝の小さな者はそれだけで圧倒されるだろう。フレデリックも一度、まだ己の力に向こう見ずだった頃に、運が良いのか悪いのか、ウィリーと手合わせしたことがある。あの膂力と身体の痺れは今も忘れられない。
しばらく、午後を賑わせる者達が、勝ったり負けたりした。誰も連勝しない。最初の試合で疲れ切っているのだ。午前の試合に出る弱小たちの鍛え足らずな疲労とは全く違う、名誉ある疲労だ。
木剣同士の音が木霊し、観客達は、それぞれ贔屓の選手を応援していた。
そこに赤い兜に房のついた剣士が入場してきた。
彼を知っている。午後の役者達には一歩及ばないが、それでも強い男である。名をウォー・タイグン。
そこにあのポニーテールのカーラが現れた。
二人は向き合って二言三言交わし、審判の合図によって両者ともに突撃し、剣をぶつけ合った。
ドラグナージークとヴァン以来の大賑わいが続いた。ウォーもカーラも両手持ちの木剣を激突させながら、巧みに足で仕掛けようとしている。力では互角、技でも互角ということだ。カーラというポニーテールの女剣士はウォーと同等の力量を持っていることが分かった。やはり午後の部は恐ろしいし、挑む価値のある戦士達の聖域だ。俺程度ではまだその聖域を汚すだけだろう。
フレデリックの見ている前で、両者の剣が数度目の激突をした。木の折れる音がし、ウォーの剣が鍔の上から綺麗に圧し折れた。
ウォーは手に持っている折れた剣を見て、潔く跪いた。
そういう態度はむしろ誇らしい。フレデリックは胸が熱くなっていた。
そのままカーラは勝ち進んだが、ついにウィリーが姿を見せた。
大きな体躯をし、両手持ちの木剣を手に、歩んで来た。
「遅かったわね」
カーラが言った。
「まぁな。だが、王妃様に託されたべリエルの誇りにかけて貴様を倒す」
「望むところよ」
最前列で、客達が沈黙を守ってくれなければ、聴こえない両者のやり取りであった。
王妃様ということは、あのアナスタシアに言われたのか。ウィリーにはプレッシャーであろう。そしてそうなるとウィリーの主は闇騎士ということになる。
ようやく会場にウィリーの到来を待ち続けていた声が上がった。
カーラを応援する声もある。
審判の合図で両者はそれぞれ動いた。いや、カーラが仕掛けた。飛び出すそぶりを見せて、身を引いて地鳴りを上げ突進してくるウィリーの薙ぎ払いを空振りさせ、肩に剣を振り下ろしていた。
だが、ウィリーはその体躯で恐ろしいと思うほど、綺麗に避けて、カーラに再び襲いかかった。
カーラもまた避ける。それはそうだ、ウォーとの試合で剣はダメージを受け過ぎているだろう。武器の生命を生かし続けるのも十連勝という壁では大変なことだった。
カーラが右に左に跳躍し、ウィリーを惑わせ、斬りかかる。
ウィリーは吼えた。猛獣の様な雄叫びだ。そして剣を側面へ向けて思い切り振るうと、カーラの剣を防ぐどころか、カーラのその手から剣はすっぽ抜かれ、遠くへ飛んで行った。
カーラは降参しなかった。剣の方へ駆け出し、ウィリーもすぐ後を追う。
観客達は静まり返った。
カーラは剣に追いつき、振り向きざまに薙ぎ払った。
ウィリーはそれを救い上げるように下段から得物を振り上げ、カーラの剣は再び空高く飛んで、空中で二つに分かれた。
審判が息を切らせて追いついた。
「勝者、ウィリー!」
観客達が大声援を送った。ウィリーはその後の試合を事も無く破り、午後のチャンプとなったのであった。
明日はおそらく、ヒーロー達以外は、自分より実力のある午後一番の勇者達が午前の部にも流れてくるだろう。
フレデリックは多少焦りを覚えて、一時的な午後のチャンプに収まったウィリーに拍手を送っていた。
少しぐらいはカッコいいところを見せなければ。その時、初めてあれだけ卑下していた午前の部にフレデリックは誇りと意地を持っていることに気付いたのであった。