「コンサート」
あれから数日、やはりダンハロウには勝てなかった。そんなフレデリックだが、今日も今日とて、闘技場に足を運ぶ。しかし、入り口には警備兵が立っていた。
どういうことだ? 誰か不祥事でもやったのか? 警備兵に尋ねようとしたとき、上空を大きな影が過り、コロッセオへと降下して行った。
陽光が緑色の鱗を照らすのを見たような気がした。それが何なのか、分からない者はたぶんいないだろう。
「こんにちは。何故、竜がコロッセオに?」
フレデリックが問うと若い警備兵は応じた。
「何だ、知らないのか? 今日は闘技の方は中止だよ。コンサートが開かれるんだ」
「コンサートの日だったか」
珍しいと言えば珍しい。数か月に一度の頻度で、コロッセオでコンサートが開かれるのを知っていた。
各地から歌に自信のある者が集い、ある意味では覇を争う戦いの場だった。
「始まりはいつからだ?」
「今日の午後六時半からだよ」
ミリーさんでも誘って後で来てみるか。
フレデリックは一度、コロッセオを後にした。
2
ミリーは知っていたらしい。他の先輩の給仕の人と仕事を交換してくれた。
「それで、良かったら、一緒に」
まさにこの日のためにと準備の良いミリーにフレデリックが誘いの言葉を掛けると彼女は頷いて応じて、眩しく微笑んだ。
店の外に出るとミリーは言った。
「フレデリック君、私達付き合ってるけど、まだお店の方には内緒でね」
「ああ、はい。何故です?」
ミリーはアハハと軽く笑ってフレデリックの胸元を小突いた。
「恥ずかしいでしょう?」
恥ずかしい。確かに定職にも就かず夢のために人生を掲げているも同然だ。やはり、ミリーさんもちゃんとした人と付き合いたいのだろうか。
並んで歩きながらフレデリックは尋ねた。
「本当に俺なんかで良いんですか?」
将来性の無い男に夢中になる彼女が心配になってフレデリックは尋ねた。
「どうしたの?」
「将来性も甲斐性も無い俺なんかで良いんですか?」
「良いの」
「何故です?」
フレデリックは思わず真剣になって問い過ぎてしまった。だが、ミリーは明るく微笑んで言った。
「私の一目惚れだもん。それに付き合わせてごめんね」
「いいえ、光栄です」
フレデリックは心からそう言った。気持ちが通じたのか、ミリーは一瞬、きょとんとした眼差しを向けて次に手を絡めて来た。
「フレデリック君、今度、一本背負い教えてね」
「え?」
「あの時のフレデリック君、とってもかっこよかった」
「分かりました」
「敬語も止めにしようか」
フレデリックは軽く狼狽した。
「でも、こういうところを、つまり先輩後輩の区別はしっかり守るべきですよ。それに慣れてしまったら、職場でもミリーさんのことを呼び捨てにするかもしれない」
「真面目なんだね。うん、分かった。しばらくはさん付けで良いよ。敬語も許す」
そう言われ、フレデリックは大きく息を吐いた。
「見えて来た」
まだまだ明るい空の下ではコロッセオの中へ向けて長蛇の列ができていた。
3
観覧席に座った。段になっていて他の客の頭で目の前を遮らないようになっている。いつもは観られる側だが、今日は観る側だ。もっともコンサートではあるが。
特殊な石、ドラゴンオーブで拡声された声が轟いた。
「さぁ、時間だ! 観客のみんな、今日は楽しんで行ってくれ!」
司会の男が言い、さっそく一番手の歌手が裾野から歩み出して、八方向に頭を下げると、歌を歌い始めた。
ドラゴンオーブで響き渡る綺麗な声にフレデリックは思わず感動で身震いした。
勿論、楽器も鳴らされている。派手な音色、静かな音色様々だ。歌がこんなにも身に染みるなんてフレデリックは思いもよらなかった。
歌手の順番も時刻も共に過ぎ、周囲は暗くなった。会場では篝火が焚かれ、歌手を照らしている。
ルシンダという女性歌手が歌い始めた時、儚く悲しい歌詞にフレデリックは感情を揺さぶられ、涙を流しそうになった。
伴奏は続くが、そこでルシンダが言った。
「一緒に歌ってくれる人! こっちに来て!」
と、言った瞬間、何名かの影が席を立ちステージ上へと臨時に設置された階段を下って行った。
「行ってくるね」
ミリーがウインクする。フレデリックは驚いていた。
伴奏は続き、そしてルシンダとステージ上に加わった客らが声を合わせて歌い始めた。
ミリーの姿がどれかは分からない。あまりにも加わった客が多かったためだ。本当はもっと少ないと思っていたが、歌うことが好きな人もいることをフレデリックは初めて知った。
歌が終わり、フレデリックも含め拍手が称える中、ルシンダが共にステージに上がってくれた客達にドラゴンオーブを近づけて一人一人に自己紹介とメッセージを語らせた。
「ミリーです! 私の自慢は闘技戦士の彼がいることです!」
「まぁ、そうなの。うちの亭主も闘技に夢中なのよ」
ルシンダが言った。
そうしてステージ上の歌手が交代となりミリーが戻って来た。
「どうだった?」
「良い歌でした」
「えへへ、でしょう」
ミリーは満足げに胸を張った。
それから二人は夜の十時までつまり最後までステージを楽しんだ。
帰り道、フレデリックは物騒だからとミリーを送ろうとした。
だが、ミリーはかぶりを振った。
「私の家、帝都にあるから」
帝都はすぐ近いが上り坂だ。
「じゃあ、毎日歩いてここまで?」
と、フレデリックが言った時、家畜のにおいがしてきた。そこは厩舎で、同じくコンサートの帰りなのだろう。馬を預けている客達がそれぞれ引き取って馬上の人となった。
「そういうわけでフレデリック君、今日は誘ってくれてありがとう」
愛馬に飛び乗り、篝火がテンガロンハットのシルエットを映し出した。
フレデリックはその瞬間、ドキリとした。ミリーがとてもかっこよく見えたのだ。
「フレデリック君?」
怪訝そうな声でミリーが尋ねた。
「ああ、いいや、まさか馬に乗ってきているとは思わなくて。こちらこそ、今日はありがとうございました」
フレデリックの言葉にミリーは軽く笑うと、おやすみと言って馬を軽く駆けさせ、闇の中に消えていった。
必ず、ミリーさんを幸せにしよう。フレデリックは彼女にようやく惚れたという実感がわいたような気がした。




