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挑戦者  作者: Lance
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「多対一」

 ダンハロウの壁は厚く、フレデリックら、午前の戦士達は敗退の連続であった。せっかくのフレデリックの声援もまた日が経つごとに、負けを重ねるごとに薄くなっていった。

 そんな中で囁かれるのが、ダンハロウを闇討ちにしておけば良かったという言葉であった。午前の戦士達は貧相で貧乏で中には今回の戦いを最後に故郷へ帰ると決意した者もいる。ダンハロウの闇討ちを阻止したとして、フレデリック、カンソウ、ヒルダは白い目で見られていた。

「馬鹿な連中だ」

 カンソウがそう吐き捨てると、愚痴をこぼしていた戦士達は一斉に彼を見た。

「お前たち、それでも戦士か?」

 すると、カンソウの言葉に怒髪天となった闘技戦士らが騒ぎ出した。

「そうだよ、それでも戦士であろうとしているんだよ俺達は! 聴いたか、カンソウ! 今日で二十人近くが食っていけなくて引退した。全部、ダンハロウのせいだ!」

 その言葉に同調する声が沸き、フレデリックは思わずカンソウの隣に来た。

「カンソウ、もう良いだろう。お前の言ってることは真っ当なことだ。何も間違ってはいない。だが、こいつらには」

 その時、コツコツとこちらへ歩んで来る足音がし、振り返ると、そこにはダンハロウ老人が立っていた。

「申し訳ないが負けるわけにはいかないのです。ですが、あなた方が私を突破できずに路銀に困りかけていると聴いてはさすがに黙っておられません。運営委員会に掛け合って、近く試合をいたしましょう。負ければ私は潔く手を引きます」

 そしてダンハロウは微笑んだ。

「私対あなたがた全員。でいかがです?」

「一人ずつ相手になるってことかい?」

 戦士の一人が尋ねた。

「いいえ、全員一緒に相手になりましょう。一斉に私を倒しに向かって来るのです」

 その提案にフレデリックは止めようと思ったが、それに気付いたのか、ダンハロウがこちらをチラリと振り返って頷いた。

 安心しろだと?

「よーし、言ったからな。逃げるなよ、枯れ木じじい!」

 戦士らは意気揚々と去って行った。

「ダンハロウさん」

「あなた方も相手になりますか?」

「俺はそんな卑怯な真似はせん。戦いの行方を見守っているからな、精々頑張れよ、ご老体」

 カンソウはそう言うと去って行った。

「俺もこの戦いに出ようとは思いません。あなたとは例え実力に差があろうとも一対一で打ち破りたい。こんな試合に出るようじゃ、まるで弱虫の集合体のようだ」

 フレデリックが答えると、ダンハロウは頷いた。

「いいえ、実際のところ、私はチャンプに会わなければならない。そのために楽に這い上がれる午前の部を選んだのです。自分の実力に陶酔しているわけではないですが、荒らし行為だとは自覚していました。その念を捨てるためにはちょうどいい機会だと思ったまでですよ」

 ダンハロウ老人は朗らかに笑うと、シルクハットを取って会釈し出口の方へと行ってしまった。

 幾ら、ダンハロウ老人でも五十はいる戦士達をまともに相手にすればただでは済まなくなる。彼は壁なのだ。成長するために壁は超えるものだ。今、ここで失えば、せっかくの飛躍の時を逃してしまう。

 フレデリックは悩みつつ外に出た。素通りしたため、預けた剣を受付嬢が慌てて重そうに運んできてくれた。



 2



 そうして翌日には宣伝が行き渡り、午前の部はダンハロウ対、無制限の戦士達となった。フレデリックは客席の最前列で見ていた。

 この機に名を上げようというのか、昨日の倍近い戦士達が影となって、ダンハロウと対峙していた。

 フレデリックの隣にはヒルダとデズーカがいた。

 ダンハロウに言われたのだ。弟子入りしたデズーカは優しい気性の持ち主なのできっと加勢に飛び出すだろうから必ず止めてくれと。

 デズーカは今まではプレートメイルだったが、今回はレザーアーマーを着ていた。これもダンハロウの弟子となった心境の変化だろう。

「くそっ、先生が負けちまう!」

 早くも動き出そうとするデズーカをフレデリックとヒルダは左右から止めた。

「デズーカ殿、あなたの先生は強い方です。以前も闇討ちの際にご覧になられたでしょう? 素手で何人もの相手を倒したことを」

 ヒルダが説得すると、デズーカは唸り頭を抱え込んだ。

 そんなデズーカが可哀想に思った。そしてデズーカを見直している自分に気付いた。今のデズーカは信義のために戦おうと心に決めている。フレデリックの胸も熱くなっていた。

 審判は五人も召集された。

 観客達が催促のヤジを飛ばす。

 審判の一人が進み出て、ダンハロウと、大勢の戦士達の間に立った。

「双方、用意は良いか? では、試合開始!」

 開始の宣言と共に地を踏み鳴らして戦士達がダンハロウ目掛けて駆けた。

 ダンハロウは木剣を悠然と構え、そして囲まれて姿が見えなくなった。

 悲鳴が聴こえた様な気がした。だが、戦士達の荒っぽい声が阻んで確証は持てない。今、老人の姿は見えない。既に気を失い、いわゆる死体蹴りをされているかもしれない。

「先生! ダンハロウ先生! 今、お助けします!」

 たまらず身を超す巨漢のデズーカをフレデリックとヒルダは身体を掴んで引き留めた。

「まだ分からないぞ、デズーカ」

「だが、先生がやられたら。何て試合だ! 先生は何でこんな試合を提案したんだ!?」

 その時、戦士達が遠のいた。

 ダンハロウは立っていた。正装のまま鎧もつけず、黒いシルクハットをかぶって木剣を提げていた。

 その周囲にはまるで死体の如くたくさんの戦士達が気を失って倒れ、折り重なっていた。

「そら、見たか、デズーカ!」

「先生! さすがだ!」

 フレデリックとデズーカは思わず握手をしていた。

 ダンハロウ老人が四方へそれぞれシルクハットを取って会釈した。その途端、会場は大いに沸き、ダンハロコールが鳴り響いたのであった。

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