「強豪との戦い」
その日、フレデリックは指定通りの時刻よりも少し早くにコロッセオの前にいた。素性は明かされなかったが、対戦相手のコロッセオの重鎮と言えば、あの三人しかいない。夢の中を除けば初めて戦うことになる。
観衆達が先に入場してゆく中、フレデリックはカンソウとヒルダの到着を待った。定刻通りに二人はそれぞれ別の方角から現れた。
「おはようございます」
「おはよう」
ヒルダとフレデリックが挨拶するが、カンソウは不愛想なままだった。見ると、カンソウの目元には濃い隈が出来ていた。武者震いか、あるいは緊張で眠れなかったようだ。
「カンソウ、大丈夫か?」
フレデリックが問うとカンソウは薄っすらと笑みを浮かべた。
「大丈夫だ」
いや、これは駄目だな。だが、戦いになった途端に切り替わってはくれるだろう。待ち合せをしていたのは自分達だけじゃなかった。他にも一人二人と色々な場所で武装した戦士達が集い始めた。
「行こうか」
「はい」
「ああ」
フレデリックが先導し、一行は選手受付へと入って行った。
2
今日の案内はジェーンじゃなかった。控室でフレデリックらが籠から木製の武具を選んでいると、扉が叩かれた。
「あなた達の出番よ」
さほど待たずにそう告げられた。
薄暗い回廊に出る。三人は無言であった。
このまま何も言わずに戦いに出て大丈夫だろうか。フレデリックは自分から沈黙を破ることにしたのだが、その前に担架が三つ、続いて運ばれていった。
先に挑んだ闘技戦士が鎧を着たまま横たわっていた。
「今日は医務室のお世話になる人が多そうですね」
ヒルダが言った。
「良いか、良く聴け二人とも」
歩み始めながらカンソウが口を開いた。
「三人を相手取る様を見せて、一人ずつ袋叩きにする。正直、一対一では話にならん」
「分かった」
「分かりました」
「フン」
カンソウが鼻を鳴らす。確かに彼の言う通りだ。一対一では勝てる見込みはない。ならば数に物を言わせた戦いしか勝てる見込みは無い。
しかし、重鎮どももそう簡単に放してはくれないだろう。
歓声が聴こえてくる。陽光の照らす大地へ三人は足を踏み入れた。
中央で待っているのは、ウィリー、ヴァン、そしてドラグナージークであった。
「よぉ、良い試合にしようや」
無精髭を生やしながらもまるで少年のように目を輝かせているヴァンが言った。得物は三メートルほどの槍である。ウィリーは両手持ちの剣、ドラグナージークは片手持ちの長剣であった。
三人の威圧感は凄かった。見られるだけで重圧になる。これが、戦士か。
審判が歩んで来る。
「用意は良いな? それでは、試合開始!」
審判の宣言と共に相手は三人とも電光石火の踏み込みを見せた。のんびり剣を構えている場合では無かった。
「来るぞ!」
と、言いながらウィリーの剛剣を得物で受けるカンソウは後方へ滑っていた。
ヴァンの槍はヒルダを貫こうと生き物のように繰り出された。
ドラグナージークはフレデリックに薙ぎ払いを見舞った。
フレデリックもヒルダもカンソウも相手の膂力に押され、手が痺れ、呻き声を上げていた。
「良いか! 作戦通りだ!」
カンソウが防戦一方ながら声を上げる。
カンソウが一番危うい敵を相手にしている。豪傑にしてべリエルの竜傭兵のウィリーは兜の下で巨眼を見開き、猛獣のような咆哮を上げて、膂力溢れる一撃をカンソウに見舞っていた。
カンソウは飛び出せないが、それはヒルダも自分も同じことであった。
フレデリックはドラグナージークの剣を受け、穿たれるような一撃を木剣で受け止めていたが、良いようにあしらわれている。
同じ人間で、ここまで差があるものか?
ドラグナージークの身体が沈んだ。下段から! と、思った瞬間、ドラグナージークは宙を舞い、素晴らしい咆哮を上げて一刀両断にしてきた。
フレデリックはそれを避け、最初の反撃に移る。着地した瞬間に薙ぎ払った。突きではリスクが大きい。ドラグナージークは転がって避け、バイザーを正面に向けた。
今だ!
フレデリックはドラグナージークから逃げ、カンソウのもとへ駆け出した。
ウィリーの背後に一撃を入れようと振りかぶり、剣を大上段から下した。
ウィリーは舌打ちし、それを旋回してカンソウとフレデリックの剣をほぼ同時に打った。
「フレデリック!」
カンソウが声を上げる。
振り返るとドラグナージークがそこに居た。
鋭敏な突きを避けると、風の轟きが頬を撫でた。フレデリックは辛うじて身を躱したのだ。
「やるな」
ドラグナージークが思わずといった様子でそう言った。
フレデリックが答える間もなく、遠くから声が聴こえた。
「カンソウ! 戦闘不能!」
何だって!?
見ればウィリーから離れた位置にカンソウが横たわっていた。
二対三か。
ヒルダが、必死に投擲しヴァンを牽制し、間合いに飛び込もうと試みている。
相手のいなくなったウィリーはこちらへ猛然と駆けて来た。
ドラグナージークの剣を避けながら、どうにかウィリーが合流する前にこの相手を、片づけられるものなら、片づけたかった。
フレデリックは声を張り上げ、ドラグナージークへ打ち込んだ。
だが、乱打する間も与えず、敵の剣は間を縫って割り込んで来る。軌道が見切られているのだ。
「小僧、ここにも相手がいるぞ!」
ウィリーは横で剣を突き出した。
フレデリックは避ける。そして次の瞬間、二つの木の刃を木剣で受け止めていたが、競り合いにまで発展せず、運命を受け入れるしかなかった。
「フレデリック!」
ヒルダの声がする。
そうか、数で負けていても合流すれば何とかなるかもしれない。
一縷の望みを託し、フレデリックはヒルダのもとへと駆けた。彼の背後からは二つの足取りが後を追ってきているのが耳に入った。
「ほぉ」
ヴァンが槍を引っ込め、ヒルダもこちらへ走りフレデリックと合流した。
二人の前には、竜のような闘技場の重鎮三人が並んでいた。




