「イベント」
コロッセオの入り口に装飾された手作りの看板が置かれていた。
始めは行きも帰りも人だかりで読めなかったが、五日ほど経ってようやくその看板を見る機会が訪れた。
時折行われるコンサートの宣伝だろうと思い込んでいたが、自分達闘技戦士に関係する内容だったのには驚いた。
三対三で午後の重鎮を破ろう。賞金は金貨九枚。
午後の重鎮と言えば、間違い無く、ウィリー、ヴァン、ドラグナージークだろう。彼ら三人と手合わせできるなんて先日見た夢の様な話だ。
だが、ルールは三体三。脳裏を過ったのはカンソウとヒルダであった。どうだろう、俺よりもだいぶ強い彼らが俺を受け入れてくれるだろうか。
今日も早々にダンハロウ老人に負け、午後の仕事まで時間があった。フレデリックはコロッセオの入り口で二人の到着を待つことにした。
2
始めに現れたのはカンソウであった。カンソウはこちらに気付いた様子だったが、挨拶も無く、コロッセオへと入って行こうとした。
「待った! カンソウ! 待ってくれ!」
フレデリックが追い付くと、カンソウは小煩げにこちらを振り返った。
ああ、これは駄目かもしれないな。ダンハロウ老人を助けに行った時に仲が深まったかもと思ったが、やはり、カンソウはカンソウか。
「何だ?」
「あの看板見たか?」
「ああ」
「俺と組んでくれないか?」
カンソウは腕組みした。
「出るつもりは無かったが、貴様がどうしてもと言うなら組んでやらんでもないぞ」
「おお、ありがとう!」
「フン、もう一人のあてはあるのか?」
「ああ、ヒルダに声を掛けようと思ってる」
「上手くいけば良いがな」
カンソウは受付へと入って行った。
そうしてヒルダが現れる前にカンソウが戻って来た。
「カンソウ、早いな」
相手は苛立った目でこちらを見た。
「あのジジイに勝ってから言え」
やはりダンハロウ老人は壁のようだ。
「ヒルダは?」
「それがまだだ」
「もう決まってるのかもしれんな」
「それは、困る。他にあてがある言えば……」
「デズーカとか言うなよ?」
「駄目か」
フレデリックは溜息を吐いた。
それにしても午前の部も客が満員だった。何故ならダンハロウ老人が必ずチャンプを引きずり出すからだ。客達もチャンプ戦には絶大な興味を抱いているに違いない。
「来たぞ」
カンソウが言い、フレデリックが顔を上げると、ヒルダがコロッセオへと向かって歩いて行くところであった。
「カンソウ、行くぞ!」
「一人で行け」
フレデリックは駆けた。
「ヒルダ、おはよう!」
「フレデリック」
ヒルダは綺麗な笑顔を浮かべた。
良かった、歓迎されてる。女性の不機嫌そうな顔は苦手であった。もしそうだったら、チームに誘う段階まで話は持って行かなかったであろう。
「あの看板見たか?」
「見ました。あなたとカンソウ殿と組もうと思って探していたのですが」
その言葉を聴いてフレデリックは大いに安堵した。
「どうしたのですか?」
「いや、俺達もそのつもりだったから」
フレデリックが振り返ると、不機嫌面をしたカンソウが歩んで来た。
「カンソウ殿、おはようございます」
「ああ」
「ああ、じゃないよカンソウ。ヒルダも俺達と組むつもりだったそうだ」
「そうか」
「お嫌ですか?」
ヒルダが少し不安げな態度で尋ねた。
フレデリックはカンソウの背中を思い切り叩いた。ガントレットとスケイルメイルがぶつかり、鎧の鱗型がガチャガチャと音を立てて揺れた。
「しっかりしてくれ、リーダー! 俺達はダンハロウを助けに行った時に心を通じ合った仲間じゃないか」
「リーダーだと?」
「そう。良いよな、ヒルダ?」
「ええ、構いません」
二人がカンソウを見詰めると相手は困惑したように目を右往左往させ、咳払いした。
「では、五日後の当日、九時にここに集合だ」
「分かった」
「はい」
カンソウの言葉にフレデリックとヒルダは応じた。
3
ダンハロウ老人はやはり午前の壁であった。
イベントまであと二日、その前に今日こそこの老人を打とうとフレデリックは勢い勇んで駆けた。
木剣は次々空を切り、ダンハロウ老人が素早く懐に入る。
フレデリックは慌てて突き出された剣を得物で叩いて打ち下ろした。
そして競り合う。
「ダンハロウさんは、イベントには出られるんですか?」
得物越しに問うとダンハロウは頷いた。
「うちの孫とデズーカ君と組んで出る予定ですよ」
「孫? お孫さん、強いんですか?」
「ええ、とても。最近、ひ孫が出来たばかりですよ」
「それはおめでたい。では、話はこれまで」
ダンハロウは頷いた。そして跳んで体重をかけた。上になっていた剣の軌道が変わり、真っ直ぐフレデリックを目指して刃が滑った。
フレデリックは慌てて横へと避け、着地したダンハロウ目掛けて剣を振り下した。ダンハロウを確実に捉えたと思われた一撃も、影を切るだけであった。
さすがに動きが俊敏だ。膂力もある。年を感じさせない実力の持ち主だと改めて痛感した。
ダンハロウが剣を薙ぎ払った。
フレデリックはなるべくダンハロウの剣に得物を触れさせないようにしていた。また圧し折られるからだ。
避けられるときもあれば、受け止めるしかない時もあった。
ダンハロウが真っ直ぐ剣を突き出し、突進してきた。
フレデリックはどう迎え撃てば良いのか分からず、妥協案として剣を前方に構え、いつでも避けられるように意識を集中した。
ダンハロウが剣を繰り出した。目にも止まらぬ速さであった。フリデリックは剣を盾代わりとして刃の腹で受け止めたが、その肘を素早く掴まれ、足払いを駆けられると同時に投げられた。
会場が沸いた。
フレデリックは慌てて転がり立ち上がったが、前方にダンハロウの姿は無かった。
上? いない。そうか、下だ! 下段に牽制の一撃を放ち終わった後、鎧の肩を木剣でコンコンと叩かれた。
後ろ!?
振り返ると、老人は微笑んでいた。
やられた。凄い動きの持ち主だ。
「勝者、ダンハロウ!」
審判が宣言し、会場は拍手と歓声に包まれたのだった。




