「共に励む仲間」
フレデリックに馬は無い。宿場町の誰もがフレデリックを見ようとしない。フレデリックは幽霊のように、その間を抜け、郊外の野山へ来た。
「フェイントか。あいつもやるようになったな」
このまま自分を追い抜いて上へ上がってしまうのだろうか。という心配事をフレデリックはしない。
「鍛練あるのみ」
ジェーンから貰ったパンがまだ腹の中で燃えているようだった。
フレデリックは素振りをした。
だが、片手剣ブロードソードは重かった。
フレデリックは元々、作家志望だった。小説家になることを夢に見て日々、机の前で文筆に励んでいた。誰も読んでくれない英雄譚を何作品も書き綴り、そろそろ人生に限界を感じたところにコロッセオという魅力的な施設が現れた。
本の中の英雄を誰も見てくれないなら、俺が英雄になって見せる。親から借金してブロードソードを買い、中古のプリガンダインに身を包む。
まるで勇者じゃないか。
鏡に映った赤毛の青年はその姿に満足した。
フレデリックは財布を見た。
銀貨が一枚と銅貨が数枚残っているだけだ。
あと、一試合しか出られない。せめて一勝はしなければ、闘技戦士として暮らして行けなくなる。フレデリックは自分の腹具合よりもコロッセオのことを優先的に考えていた。
素振りしながら五十で腕の疲れが顕著になる。これは駄目だな、次は下半身を鍛えよう。
何もない草原を走り回ろうとしたとき、フレデリックの耳に声が届いた。
「おーい、フレデリックー!」
フレデリックは馴染みの声を聴いて嬉しくなった。
「よぉ、マルコ!」
同じく闘技場で戦士として暮らして行こうとする同志マルコ・サバーニャが歩んできた。
「飯にしようぜ、何も食べてないんだろう?」
「まぁな」
マルコは兵士の恰好をしていた。彼自身、ガランという町の兵士を務めていた。鉄の装具に身を包んだ姿は勇ましいが、馴染み深くもある。マルコは兵士という職業に誇りを持っていた。のだが、コロッセオの噂を聞き、足を運んできた。兵士は今は休業中だ。
マルコが包みを開くと、パンに肉と野菜が挟まれた物があった。
「俺の好きな御堂屋の肉野菜パン!」
「いつもそう言うな」
「ここのパンは体を鍛えるのにちょうどいい」
「ミルクもあるぞ」
「神よ!」
フレデリックはそう天を仰ぐ。
「食べようぜ」
「いつも悪いな」
フレデリックはそう言うと、パンを齧る。しゃっきりした葉物野菜と家畜の肉、そしてそれを味付けする抜群のソース。フレデリックはすきっ腹に収めると、ミルクを呷った。
「生き返った」
「そうだろな」
対座するマルコは自分の分を食べながら言った。
「マルコ、試合出たか?」
「ああ、午前中のな」
「なんで、午後一番を避ける?」
「懐具合と対戦相手の問題だよ」
「ウィリーに、ヴァンにドラグナージーク、午後一番こそ男の花道じゃないのか?」
「彼らには勝てないよ。彼らも分かってて、同じ試合に出てるんだ」
「で、何勝した?」
「三勝。どうにもどの時間帯で選んでも四人目で負けちまう。体力は持つんだが、運が悪いのかな」
マルコはミルクを呷って述べた。
「ガランが恋しいか?」
「まぁね。安定した収入もあったしな。お前はどうせ、故郷が恋しいとは思わないんだろう?」
「当たり前だ。俺がチャンプになって驚かせてやる」
フレデリックはマルコが一瞬難しい顔をしたのを見た。よく見た顔だ。誰もが言った、お前のためを思って言っているのだ! と、だが、マルコはそこまではいわない。あいつらと表情は同じだが、言葉には出したことは無い。
自分の才の無さは自分が一番よく知っている。だが、どんな勇者も最初はただの人だ。鍛えて鍛えて強くなったのだ。だから、同じ人間の俺にできないことはない。
「走ってくる」
「そうかい、俺はここで槍を振ってるよ」
マルコは六メートルほどの長い槍を持って立ち上がった。
フレデリックは頷くと平地を駆け、山道を駆け足で上った。
2
マルコが長槍を突く影が見えるころ、フレデリックは、ヘトヘトになって、よろめきながら戻ってきた。まだまだ体力が無い。足も辛い。
「戻ったな、フレデリック。頑張るじゃないか。新進気鋭はお前にこそ相応しい名だと俺は今でも思ってるぞ」
「努力なんて人に見せるものじゃない。それに目を見張る新人が現れれば、次の新進気鋭はそいつだ。ヒルダだって、いつかは新進気鋭を無理やり卒業させられる。が、あいつは強い。素質がある」
「同感だ」
フレデリックが言うとマルコが肯定した。
「ヒルダの奴もどんな鍛練をしてるんだろうな」
「興味はないね」
フレデリックが応じると、マルコは、「そうか」と、軽く笑顔を浮かべて立ち上がった。
「俺は町へ戻るよ。風邪引くなよ」
「食事をありがとうな」
「ああ」
マルコが槍を縦にし、去って行く。
フレデリックは水を飲むためにすぐ近くの沢へ降りた。ここを拠点とする決め手がここの水だった。とにかく美味いのだ。
フレデリックは掬って何度も飲むと、再び素振りをする。
マルコはいつか、ガランへ帰るだろう。フレデリックは度々そう考えていた。そうなれば食事にありつけないのは分かっている。俺も一度、試合の時間をずらしてみようか。強豪の集う、午後一番を止めて、午前の部にでもしようか。
夜空に瞬く星を見てフレデリックは思ったが、慌ててかぶりを振った。
「強い奴らに勝てなくて何が勇者だ、英雄だ。飢え死にどんと来い! 俺はフレデリックだ!」
その咆哮が夜の平原に空しく広がり、反響もせず消えていった。
フレデリックは長剣を抜いて、素振りを始めた。
ただひたすら強くなるために。いつしか、まずは強豪の一人に数えられるまで、まずはそこを目指して頑張ろう。
空を照らす星と満月だけが彼の思いと真剣な決意を知っていた。