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挑戦者  作者: Lance
19/46

「夢の戦い」

 ダンハロウの剣には老練さを感じない。まるで生気漲る若人の剣そのものであった。微笑みながら、剣を繰り出し、縦横無尽に振るって来る。

 フレデリックはやはり苦戦していた。しばらくはこの老人が俺達の壁だ。壁は超えるためにあるのだ。

 防御ばかりのフレデリックにブーイングが飛ぶ。

 魅せる戦いもせねば、それも闘技戦士の役目だ。

 フレデリックは回転しながら切り込んだ。

 そして薙ぎ払うが、そこにダンハロウはいなかった。

「後ろ!?」

 慌てて剣を突き出すが、空を切る。

「上?」

 見上げるが空と雲が見えるだけ。ああ、やられた。と、思うと共に顎の下に剣が激突した。

 凄まじい衝撃に一瞬の内にフレデリックの目の前が暗転した。



 2



 太陽が眩しい。フレデリックは受付で剣を預け、出場料を支払う。

 ジェーンは現れず、己の意思がそう告げるように暗い回廊を真っ直ぐ歩んで行った。

 会場に出ると、観客達はフレデリックの名を叫んだ。

 これほど名を呼ばれたのは初めての経験であった。

 先に出て審判と共に待っていると、相手の影が入り口に見えた。

 スラっとした身を見せびらかすような鉄の鎧に身を包んだ相手は真紅のマントをなびかせて歩んで来る。

「ん?」

 相手が近付いて来る度にフレデリックは少しずつ動揺した。

「ド」

 バイザーの下りた鉄兜をかぶった男は片手剣の木剣を握っていた。

「ドラグナージーク?」

「いかにも、挑戦させてもらおう」

 フレデリックは驚いていたが、興奮もしていたし、疑問も感じていた。

 俺がドラグナージークと戦えるだと? 一体どういうことだ、今は午後一番の試合だったか? 日差しを見ようとする前に審判が言った。

「両者、準備は良いか?」

「あ、ああ」

「いつでも」

 そうしてフレデリックが尋ねる前に審判が宣言する。

「第十試合、フレデリック対ドラグナージーク、始め!」

 第十試合だと? 俺がそこまで勝ち残ったというのか? 馬鹿な、ありえん。

 剣が振り下ろされる。フレデリックは薙ぎ払った。

 両者の木剣はぶつかり合い、フレデリックは手に痺れが来ないのが不思議に思えた。

 あのドラグナージークだぞ? それが、こんな非力な俺に剣が通用しないなんてどうなっている。

 そうして剣をぶつけ合い、鍔競り合いに入った。

「どういうことだ、ドラグナージーク? ヴァンやウィリーはどうしたんだ?」

 剣越しに問う。

「君が打ち負かしたのを忘れてしまったのか?」

「何だって!?」

 その時、ドラグナージークが足払いを仕掛けて来た。

 フレデリックは後方に跳んで避ける。ドラグナージークは駆けて間合いを詰めて来た。

 振り上げられた剣を上から叩いて、フレデリックは次々ドラグナージークの攻撃を捌き続けた。

 だが、腑に落ちない。俺はここまで動体視力が良かったか。それに勘だってここま冴えたことは無い。

 向かってきた高速の剣を楽々と弾き返す。

 ヴァンや、ウィリーを負かしただと、そんな記憶何処にも無いぞ。

 剣と剣の応酬は尚も続くが、手応えで分かる。俺はドラグナージークを倒せるかもしれない。それほど、自分の膂力が技術がドラグナージークを圧倒させていた。

 観客達がフレデリックの名を叫び、会場はフレデリックコール一色となった。

「お前、本当にあのドラグナージークか?」

「そうだ。君は強くなったのだ、フレデリック。午後一番に今や最初に手が届く無敵の男となったのだ」

「無敵の男だと?」

 そんなはずはない。俺はカンソウやヒルダに苦戦し、ダンハロウに負ける男だぞ。

「さぁ、決着をつけるぞ」

 ドラグナージークが剣を突き出した。

 フレデリックはそれを避け、同じく剣を突き出したが、さすがはドラグナージーク、無理な体勢から横へ転がり、攻撃を避けた。

 ついに、俺の眠れる力が解放された? いや、鍛練のおかげだ。

「たあっ!」

 ドラグナージークの剣を打ち返し、相手が仰け反ったところに胴を薙いだ。木剣が鉄の鎧を打つ音が木霊した。

 ドラグナージークが仰向けに倒れる。

 審判が駆けてくる。

 勝てた。勝った。ヴァンやウィリーを破り、ドラグナージ―クも倒した。

「筋肉は裏切らない!」

 だが、そこで急激に視界がぼやけていった。



 3



 気付けば白い天井がある。

 ああ、俺は、午後一番を制して……いなかった。

 そこはベッドの並ぶ紛れもないコロッセオの医務室であった。

「ミスター? フレデリック、お目覚めかな?」

 そこにはダンハロウが立っていた。どうやら自分を看病してくれていたらしい。

「ダンハロウさん、ドラグナージークは? 俺、午後一番の試合で強豪を打ち負かして十連勝したんです」

「落ち着きなさい、フレデリック。午後の試合なら先ほど始まったところです。もっとも、午前の部に出たのであなたに出場資格はありません」

「じゃあ……」

 フレデリックはきょとんとして、考えていた。そして安堵の息を吐いた。

「夢だったのか。良かった、俺程度がヴァンやウィリー、ドラグナージ―クも倒しただなんて奇跡が本当じゃなくて」

「それは惜しい夢を見られましたな」

「惜しくはありません。彼らのような高みに並ぶのが俺の夢だからです」

「チャンプとの戦いは、楽しみでは無いと?」

「それは楽しみですが、まずは午後の部の正式な戦士として誰にも認められたいのです。それだけでも俺程度では何年かかるか……」

「フレデリック、あなたは寝言で言ってました」

「何をです?」

「筋肉は裏切らないと」

 そういえば、そんなことを叫んだ記憶があったような気もした。

 さて、だんだん現実の記憶が戻り、夢の光景が薄れてきた。

「俺は、一回戦であなたに負けたのですね?」

「いかにも。あなたがまだ目覚めないと知って、遅くはなりましたが様子を見に来た次第です」

 フレデリックは深くため息を吐いた。

「ご迷惑を掛けました。もう大丈夫です。仕事に行かないと」

 ベッドから下りて軽く立ち眩みが出てくるのを構わず歩き出した。

 ダンハロウはベッドの前に立ったままこちらを見ていた。

「また戦いましょう。あなたが目的を達成する前に一本取って見せます」

「楽しみにしておりますぞ」

 ダンハロウがシルクハットを取り、挨拶した。フレデリックは頷いて回廊へと出た。

 見た夢はもう断片すら残っていなかった。フレデリックは思った。それで良い。いつか、這い上がって見せればそれで。

 彼は受付へ剣を取りに向かったのであった。

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