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挑戦者  作者: Lance
18/46

「闇討ち」

 店を上がったフレデリックは北の開発エリアを目指して歩んで行く。どこもかしこも夜の帳の中、煌々と建物から光りが漏れ出ていた。聴こえる声からすれば居酒屋はどこも繁盛しているようだ。

 それすら無くなり、暗い人通りの無い夜道をフレデリックは歩んでいる。

 不意に、風の音を感じた。

「こうですかい、師匠」

「足に踏ん張りを効かせなさい」

 デズーカとダンハロウの声がする。

 誰かに手を取られ、資材の後ろへと引っ張られた。

「見つかるぞ、馬鹿」

 それはダンハロウを討とうとする同士の一人であった。フレデリックは腰の水袋の中に沈めた鈴がならないようにそっと身を崩した。

「これで全員だ」

 誰かが言った。

「ダンハロウのじいさんは、幸運なことに篝火を焚いてやがる。後は俺達が出てデズーカが剣を奪えば殺しの始まりだ」

 ルドルフの声が聴こえた。そしてゆっくり十五人の殺戮者達は立ち上がり、ダンハロウの前に来た。

「おや、あなた方も鍛練ですかな」

 まるで状況を分かっているのかいないのか、だが、フレデリックにはダンハロウは既に悟っていたようにも思えてならなかった。

「デズーカ!」

 ルドルフが呼んだが、デズーカは慌てた口調でこう言った。

「俺は強くなる。ダンハロウは俺を強くしてくれる」

「何だと、裏切るのかデズーカ?」

 焚火の灯りがぼんやりと巨漢の顔まで照らした。デズーカが言った。

「先生! こいつら、先生を殺しに来たんです」

 デズーカが叫ぶと、ダンハロウは明朗な声で笑って剣を鞘に収め、デズーカに渡した。

 その行動こそ、愚かな余裕であるとフレデリックは思った。

「この老い先短い命を取れると思うのなら、かかって来なさい」

 ダンハロウが無手でそう述べるや、ルドルフが声を上げた。

「俺らを舐めるなよ! やっちまえ!」

 フレデリック一人を残してルドルフ達は抜き身の剣の影を振り上げダンハロウに向かってゆく。悠然と構えるダンハロウの後ろから鈴の音色が二つ鳴り、カンソウとヒルダが飛び出し急行してきた。フレデリックは水袋に手をやり、鈴を鳴らそうとしたのだが、この前では恐るべき光景が待っていた。

 ダンハロウは剣を避け、掌底で一人の顔面を打つと、次の剣を、得物を持つ手首を握って引き寄せ顔面に肘内を見舞った。剣も無ければ、蹴りも無く、素手だけで、敵を迎え撃って一方的に叩きのめしている。

 やはり只者じゃなかった。

 カンソウもヒルダもデズーカに並び茫然自失としていた。

 殴り飛ばされた賊達は次々、地面に倒れる。

 焚火の帯がルドルフを照らした。彼がこちらを向いた。

「フレデリック! 何してるかかれー!」

 フレデリックは我を取り戻し、水袋から鈴を掴んで鳴らした。水のせいだろう、鈴は少し濁った音を出した。

「何だと!? てめぇ、最初から」

「そういうわけだ。ルドルフ、降参しろ。他のノビちまった連中を引き連れて自首しろ」

 カンソウが言った。

「ふ、ふざけるなぁ! なああっ!」

 ルドルフは咆哮を上げて、ダンハロウに両手持ちの頑強な剣を振り下ろした。

 ダンハロウはそれを躱し様、ルドルフの顔面に拳を叩き込んだ。

「ぐべっ」

 呻き声を残してルドルフは倒れた。

「終わりましたな」

「さ、さすが先生だぜ!」

 デズーカが狂喜し剣を渡した。

「さて、お三方、私の身を案じてくれたようで、礼を申しますぞ」

 俺達など必要なかった。とんだ取り越し苦労だった。

 緊張していたのだろう、いきなり身体の力が抜けて安堵の息を吐いていた。

「さすが、お強いですね」

 ヒルダが言うとダンハロウは朗らかに笑った。

「今回は相手が弱かっただけのこと。もしものことを考えると、あなた方が私の身を案じてくれたことには礼を述べねばなりません」

「篝火をわざと炊いたのも、剣を渡したのも陽動ということか?」

 カンソウが尋ねる。

「まぁ、そんなところですな。私はどうしてもチャンプを説得しなければなりません。だからこそ、比較的緩い午前の部で勝ち進み、チャンプに会う必要があったのです」

「説得だと?」

「ええ、説得です。彼の方にはそろそろ本業に戻ってもらわねばなりません。そのための説得です」

 詳細まで語る気は無いのだとフレデリックは悟った。

「おい、フレデリック、治安警察を呼んで来い」

 事態が事態故にフレデリックは頷いて、町へと駆け戻った。



 2



 ルドルフらは一方的な私怨のための殺人未遂だとして牢獄へ放り込まれた。

 馬鹿な奴ら。コロッセオが寂しくなるな。

 あの後は、聴取に全員が呼ばれ、治安警官の聞き取りに応じた。

 当然、ルドルフらを弁護する者は誰もいなかった。

 そうして夜更け、ダンハロウに再び礼を言われ、一同は解散した。

 翌朝、日課になっている鍛練を終え、喫茶店の木の葉亭で食事とコーヒーを楽しんでいると、ダンハロウが現れた。

「昨日はありがとうございました」

 慇懃に礼を述べられ、何となくだが、ダンハロウは一般の民衆に合わせてはいるが、実は身分ある人物なのではないかと思っていた。目の前の椅子に座り、コーヒーとモーニングを頼んでいる老人に訊くべきか逡巡した上で止めた。

 人の秘密を黙っていられるほどもどかしいものは無い。いつか、うっかりか、あるいは耐え切れなくなって誰かに打ち明けてしまうかもしれない。

「今日もチャンプを説得するのですか?」

 代わりにこう尋ねると、ダンハロウはコーヒーを一口飲んで頷いた。

「それが役目ですからな。そうしなければ、コロッセオには新たな波風が立つことになるでしょう」

「それは恐ろしいことなのですか?」

「ええ、恐ろしいことです。幾ら辛抱強い人でも、自分の赤子の出産にも立ち会わず、名前さえ、付けに現れない夫には耐え切れない怒りを抱くでしょう」

「チャンプの奥方が恐ろしい人だとそう言いたいわけですか?」

「いかにも」

 それから黙々と食事を続け、フレデリックは席を立った。

「今日も午前の部に出ますが、手加減無用でお願いします」

 ダンハロウが言った。

「手加減なんてできる立場じゃないですよ」

 フレデリックは笑って返し、店を出てコロッセオへと歩んで行った。しかし、ダンハロウの話を聞いてますます訳が分からなかった。だが、チャンプが結婚し、知らぬ間に子供も生まれているということだけが分かった。言ってみれば、ダンハロウの行いは諫められるものではなかった。午後一番ではチャンプまで辿り着ける余裕が無いのだと彼自身も思ったのだろう。

 しばらくダンハロウが俺達の壁になる。何とかして超えたいものだ。

 懐中時計が九時を指しコロッセオの入り口の重々しい扉が解放された。

 行くか、戦いに。

 フレデリックは待っていた観客達を追い抜いて選手専用の受付へと顔を出したのであった。

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