「ダンハロウ襲撃計画」
あれからもダンハロウ老人は勝ち上がり、フレデリックでなくとも、カンソウやヒルダでさえ一回戦負けばかりであった。
「あのジジイをどうしないことには、我々は食べてはいけんぞ」
コロッセオ参加者の戦士達がそう吼え猛る。
「そうだ!」
同意する声が多数上がる。
彼らはコロッセオの外で顔を寄せヒソヒソと話し合っていた。
「良くないことを考えていそうですね」
ヒルダがいつの間にかフレデリックの隣に立っていた。
その輪の一団が周囲を見てまるで仲間を探そうとしているように目を向けていた。
「フレデリック! お前もどうだ?」
「何をする気だ?」
「こっちに来たら教えてやろう」
フレデリックはロクでもないことに巻き込まれたくなかった上に、ダンハロウを破るなら正々堂々と戦いたかった。
だが、そこで思わぬ声が掛かった。
「群れなければ何も出来ぬ弱者どもめ。小僧、お前も行って来い」
カンソウがそこに立っていた。
「いや、俺は正面から」
「分かっている、だからだ。奴らの計画に乗ったフリをするんだ」
「間者か?」
「そうだ。この三人の中で一番弱いのはお前だからな。そこが奴らの判断材料だったのだろう」
「不名誉だが、そういうことなら言って来る。後で、そうだなぁ、蜜蜂亭で会おう」
フレデリックが言うと、ヒルダとカンソウは頷き、背を向けて去って行った。
「おう、聴かせてくれ。ダンハロウに居られると俺も困る」
フレデリックはそう言うと、戦士達の輪の中に入った。見知った顔はいるが、どれも新人以下の人気と実力の者ばかりだ。こんな連中に気軽に認められるとは、舐められたものだ。
意外なことにコロッセオのデカブツことデズーカの姿は無かった。奴なら喜んで参加しただろうと思ったのだ。
「良いか? 昨日ダンハロウの奴をつけて行ったところ、奴は黒き真珠亭で寝泊まりしその前に郊外の草原で剣を振っている」
「町では夜も活気がある。襲うなら、郊外でか?」
「そうなるだろうな」
「デズーカの奴がダンハロウの弟子に志願するフリをして、奴の剣を奪う」
デズーカには既に声が掛かっていたか。そうだろうな。しかし、ダンハロウ程の剣士の剣をあのウスノロがどうやって奪うのだろうか。
フレデリックはそんなことを考えながら面々を見回す。人数十五人。悔しいが俺の手には余るがヒルダやカンソウなら三人ずつぐらい仕留めてくれるだろう。あとは、ダンハロウ自身に戦ってもらう他ない。
「午後七時に北の開発エリア前に集合だ。ダンハロウはそこで剣を振っている。くれぐれも見つかるなよ。奇襲は一回きりだ」
こう言ったのはルドルフという体格の良い壮年の男だった。実はカンソウに一度勝利したことがある戦士であった。腰にクレイモアーを提げている。技術さえあれば午後一番の前座ぐらい務まるかもしれないが、本人は用心深いのか、己の力を過小評価しているのか、弱者達が集う午前の部から離れようとしなかった。
「フレデリック」
去り際、背中に声を掛けられた。
ルドルフが己の顎髭に手をやり悪い笑みを浮かべていた。
「俺とお前が頼りだ。他の連中には精々死んでいて貰おう」
「真剣で挑むのか?」
「挑むんじゃない。殺すんだ。絶対に来いよ」
「勿論だ」
ルドルフは大きく笑い声を上げて雑踏の中へ消えて行った。
2
蜜蜂亭は酒場であったが、どちらかと言えば富裕層向けの酒場であった。ゴロツキのような闘技戦士が入れるような場所では無い。
しかし、フレデリックが扉を開けると、談笑する恰幅の良い者、身なりの整った者、高嶺の花の清純そうな綺麗な娘などの談笑する姿を見るや、手を掴まれ、中に引っ張られた。
手を握っているのはヒルダであった。
黒髪の年上のこの女性もまた凛々しく綺麗であったが、午後一番の試合に出ている闘技戦士に恋人がいるとの噂を聴いている。
奥の個室に通されると、カンソウが酒を啜っていた。
「付けられて無いだろうな?」
「え?」
「おい……」
カンソウは呆れたように額に手を当てた。
ヒルダが手を放し、二人は席に着いた。白い高級なテーブルクロスの上には赤ワインと、円いチーズが置かれていた。
「おそらく大丈夫でしょう」
ヒルダが言った。
「計画は聞いたか?」
「ああ、そこはしっかり聴いてるし、当てにされてた」
「お前程度を当てにするとはな」
「首謀者はルドルフだぞ」
「フン、奴か。まぐれで俺に勝ったからいい気になってるらしいな」
カンソウが鼻で嘲笑った。
「北の開発エリアでダンハロウは剣を振っているらしい。集合場所もそこだ」
「それで? 他には?」
ヒルダが問う。
「ああ、デズーカの奴を埋伏の毒に使っている。ダンハロウに弟子入りするつもりで、その実は武器を奪う役目だ」
「デズーカとは恐れ入った」
カンソウが呆れたように言った。
「俺とヒルダも周辺に伏せている。闇討ちが始まった瞬間に、参加してやる」
「闇の中ではお互いの区別がつかないので、これを」
ヒルダは鈴を出した。
「これを鳴らして知らせてください。勿論、潜伏時は音が漏れないように、水袋にでも沈めておくのが良いかもしれません」
「分かった。それにしてもヒルダはまだしもカンソウが人助けを進んでやるとは思わなかった」
「うるさい。闘技の恨みは闘技で晴らすべきだ」
「そうだな。そういえば、真剣を使うそうだ」
フレデリックの言葉にヒルダの目が少し険しくなった。人を斬った経験が無いという目だ。勿論、フレデリックも剣で人を傷つけたりしたことは無かった。
「俺達も真剣で行くぞ。言っておくが、斬らなければ斬られるだけだからな」
「ヒルダに人殺しをさせる気か?」
フレデリックが女性剣士の代わりに問うとカンソウはため息を吐いた。
「剣の刃の腹で殴り飛ばせ。逃亡されてもお前が既に顔を把握しているからな。後は治安警官の出番だ」
ヒルダと共にフレデリックは頷いた。
「ならば、あとは本番を待つのみだ」
フレデリックの心臓は少しだけドキドキしていた。武者震いではない。襲撃に加わり、寝返らなければならない。ルドルフらに不義理を働くことになるが、それはどうでもいい。腰のブロードソードが重く感じた。
「では、後ほど」
ヒルダが席を立ち個室を出る。
フレデリックが続こうとするとカンソウが言った。
「上手くやれよ」
その言葉に無言で頷き、遅刻している職場へとまずはフレデリックは急いだ。




