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挑戦者  作者: Lance
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「チャンプ」

 ダンハロウは苦も無く十連勝をしていた。

 ヒルダが入室してくると、カンソウは舌を鳴らした。

「何て様だ、あの様は何だ、小娘?」

「あのご老人はただ者ではありません」

「そんなこと既に知っておるわ」

 カンソウが立腹なのも分かる。無名の新人、今日初めて参加して、それも老人がチャンプとの戦いに挑むことになっていたのだ。実力が並み以上にあると自負しているカンソウならこれに嫉妬するだろう。

 急に観客が沸き上がった。

 チャンプが入場してきたのだ。

 長剣の木剣を引っ提げての堂々たる入場であった。

「まるで影だ」

「闇騎士殿は黒い鎧兜に身を包んでおります」

 フレデリックの言葉にヒルダが応じた。

「会ったことがあるのか?」

 カンソウが問うとヒルダは答えた。

「外でですけれど」

「フン、どうせそんなことだろうと思ったわ」

 会場の中央ではダンハロウとチャンプ闇騎士が何事か言葉を交わしていた。

「あの二人は知り合いか?」

「だからどうした」

 カンソウが小煩げに言葉を返した。

 審判が声を上げる。

「これより、チャンピオン戦を行います!」

 観客達の声はやはり鬨の声のようだった。実際、フレデリックは鬨の声を聴いたことは無いが、歴史物語でそんな表現があったのを思い出していた。

「チャンピオン、闇騎士対、挑戦者ダンハロウ! 始め!」

 宣言されたが両者ともに動かなかった。

「むぅ?」

 焦れてカンソウが隣で唸る。

 途端に両者踏み込んだ。

「すれ違い様に勝敗は決する。いつもそうだった」

 カンソウが言い、ヒルダも同意した様子で頷いた。しかし、すれ違わなかった。両者ともに斬撃の応酬が繰り返された。

 木剣が高らかに断続的に鳴り響き、一つ、鈍い音が聞こえた。挑戦者ダンハロウの右手の剣が折れたのだ。

 本来ならこれで決まっていた。だが、ダンハロウはヒルダから奪った殆どダメージを受けていない剣を繰り出し、チャンプの剣とぶつけ合った。剣捌きも反撃も両者ともに速くてよく見えなかった。

 フレデリックは何か参考になるものは無いかと観察していたのだが、目で捉えられない。

 ダンハロウが宙を舞った。

 闇騎士が振り下ろされた剣を得物で受け止める。と、ダンハロウは闇騎士の兜を蹴り、背中へ回り込んだ。

「何だと!?」

「上手い!」

 フレデリックとヒルダは思わず声を上げていた。

 背後に回り込んだ瞬間のダンハロウの素早い薙ぎ払いがチャンプを捉えた。そう、誰もが思ったはずだ。

 しかし、闇騎士は振り返って跳び、斬撃を避けた。

「あんなにゴテゴテの甲冑を着ているというのに」

「良く動く」

「そうですね」

 フレデリック、カンソウ、ヒルダがそれぞれチャンプの行動に呆気に取られてそう声を出していた。

 観客達も白熱していた。声援が絶えることが無い。このまま声の波に揺られてしまいそうだ。二人の剣士はそういう戦い方をしているのだ。しかも見応えのある動きまで披露する。猛者と名高いドラグナージークやヴァン、ウィリーもやるが、闇騎士とダンハロウ老人はそれを超える壮絶な打ち合いを演じていた。

「これこそ、コロッセオよ」

 カンソウが嘆息したように言った。

 ダンハロウが下を狙えば、闇騎士は紙一重で上を狙う。だが、剣は届かない。ダンハロウ老人が器用に避けるのだ。

 ダンハロウ人は巧みに動き、闇騎士を一見翻弄しているように見える。スライディング、猿のような跳躍。しかし、闇騎士は甲冑までも体の一部、血が通っているのだと言わんばかりに鋭敏に反応して剣を受け止めて、即座に突き返す。これをダンハロウ老人は剣の腹で受け止めた。

「おおよその戦いは一瞬でケリがつくとも言うが、なんだこの戦いは。まるで遊技ではないか」

「良い意味での遊技ですね、やはり二人とも面識があるのだと思います」

 ヒルダがカンソウの後に答えた。

「そうだとすると、あの老人もべリエル王国の剣士か! 全く、イルスデンの剣士たちの誇りはどこへ行った!?」

「すまん」

「すみません」

「あ、ああ、いや」

 フレデリックとヒルダが思わず不甲斐ない思いで謝罪すると、カンソウも気まずそうに応じた。

 競り合いに入ったときにダンハロウ老人の息が乱れてきているようにも思えた。闇騎士がグッと押した、刹那、ダンハロウ老人は後方へ跳び、それでも迫ってくる剣を受け止めた。

 そして一瞬のうちに闇騎士の喉元を突いた。誰もがそう思ったはずだ。

 だが、闇騎士は首を捻って避け、ダンハロウの腹に蹴りを入れる。これがこの試合初めてのヒットであった。ダンハロウ老人は宙高く舞い上がり、そして空中で体勢を整えると、闇騎士の前に立った。

 だが、よろめき、尻もちを付いた。

「さぁ、老骨にとどめを刺しなされ」

「お前は大切な臣だ。演技でもとどめなど刺さぬ」

 比較的特別席近くに来ていた二人の強者はその述べていた。フレデリックもそうだが、ヒルダもカンソウも言葉の意味は分からなかったようだ。

 ダンハロウが剣を落とす。そして尻もちを付いたまま降参を述べた。

 会場が静まり返る。

 審判が頷いて宣言した。

「勝者、闇騎士!」

 会場からは声援と拍手が送られた。その意味はダンハロウ老人の戦いへの労いと礼もあるのだろう。フレデリックは己が未だにその域に達していないことを悟らされた。

「ダンハロウ殿はこれからも午前の試合を選ぶのでしょうか?」

 ヒルダが尋ねた。

 カンソウの顔が強張った。

 これまで通り稼げなくなると思ったのだろう。

「来たところで、なんだと言うのだ。あんな枯れ木、怖くも無いわ」

 カンソウがグラスを置いて椅子から立ち上がった。

「カンソウ!」

 フレデリックは思わず声を上げた。

「何だ?」

 カンソウが憂鬱そうに振り返る。

「奢ってくれてありがとう。いい試合とチャンプを見ることができた」

「フン」

 カンソウは扉を開けて出て行った。

「フレデリック、私達も更に鍛練を重ねましょう」

 ヒルダが言った。

「そうだな」

 ヒルダとここまで話したことは無かったが、名前を呼ばれて嬉しい自分がいる。だが、違う、対ダンハロウのために一致団結したわけでは無い。ヒルダの言葉は、自分達の不甲斐無い戦いへの戒めだとフレデリックは思ったのだった。

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