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挑戦者  作者: Lance
12/46

「二勝目の壁」

 固いベッドの上でフレデリックは目を覚ました。

 少し遅れて一番鶏が鳴いた。

 夢を見た。七歳上の姉が田舎特有の詮索や、口出し、監視行為に似た周囲の目線に耐え切れず家を飛び出していった時の夢を。

 近所の連中は、あれは外でどう生きつもりかね? などと、迷惑極まりない詮索と意見を交わしあっていた。

「きっと淫売に走って稼ぐのが関の山だね」

 自分達を見限ったとでも思い込んでいるのだろうか、馬鹿な老人どもは悠長に勝ち誇ったようにあらゆるロクでもない見解を引き続き話し合っていた。

 その間、フレデリックの家を近所の連中は冷たく無視した。

 陰険で陰湿、そんな老害どもが幅を利かせる小さな故郷、出て行って正解だった。同じく故郷を飛び出したフレデリックはそう結論付けた。

 まだ寝静まった宿の二階から階段を下り、カウンターにいる夜勤のミスターアーシロに挨拶してフレデリックは宿の裏手へ出た。

 プリガンダインを身に着け、ブロードソードを心の中で気合の声を上げて振るう。刃の音は以前より鋭利なものになっていた。

 姉さんは今頃どうしているだろうか。ちゃんと食べているのだろうか。フレデリックはふとそう思い、赤毛の姉の後姿を思い出していた。

 基礎トレーニングに励み、もう少しで完全に目覚める宿場町をフレデリックは駆け回った。

 マルコはガランで兵士の仕事に励んでいるだろう。無二の友を見送った日を思い出す。

 彼が戻ってくる前に更に強くなっていなければ恰好がつかない。

 フレデリックは早朝から開いているレストランへ足を運び、パンと肉とサラダを食べた。

 今日も一日頑張るか。

 食べ終わり、会計を済ますと、賑わいに包まれた朝の宿場町をコロッセオ目指して歩んで行った。



 2



 コロッセオは九時には開いている。カンソウ辺りが弱者をなぶっていい気になって待ち構えているだろうか。

「フレデリックさん、おはようございます。今日は一番乗りですね」

「そうなのか?」

「はい」

 コロッセオの受付嬢が明るい表情を浮かべて言い、剣を預かり、参加費銀一枚を受け取るとジェーンの名を呼んだ。

「おはよう、フレデリック」

 金髪を撫でつけながら、ジェーンが微笑んで言った。

「ああ、おはよう」

「どう、仕事は慣れた?」

「まぁまぁかな。だけど、思っていたよりはやれていると思う」

「そう」

 ジェーンは嬉しそうに応じ、フレデリックを控室へ案内した。

「相手が現れるまでここに居て」

「分かった」

 フレデリックは籠からいつもの木剣を取る。

 一回戦の相手は三十分後に現れた。

「どうしたんだ、勇み足なのは俺だけか?」

 フレデリックが驚いてジェーンに尋ねた。

「午前の部は元々人気が無かったけど、どうしても午後のヒーロー達と比較されて、お金まで払って見る価値は無いと思われてるみたい」

「それは観客の意見だ。選手の方がそれで不貞腐れてるのか?」

「そうね」

「分かった」

 フレデリックは控室の扉を開けた。

「無茶はしないでね?」

「それは約束できないな。誰かが無茶をしなきゃ、客は戻って来ないぞ」

 フレデリックは薄暗い回廊を駆け、階段を上がり、また回廊を駆ける。午後一番の試合の時のように観客の催促する声が聴こえなかった。

 会場へ踏み出したフレデリックは短く悪態を吐いた。雨なのだ。雨が降ってきている。

 だが、審判に促され、豪雨とまではいかない雨の中をフレデリックは中央へ向かって歩き始めた。

 少しして巨漢が姿を見せた。体格だけは立派なデズーカだ。同じく長剣型の木剣を提げ、濡れながら歩んで来る。

「誰かと思えばお前か」

 デズーカが嫌そうに言った。

「今日こそ、勝つぞ」

 デズーカが切っ先を向けて宣言する。

 フレデリックはその姿にかつての自分を重ねていた。俺にもそんな時代があったな。

「何笑ってやがる! 俺だっててめぇ程度なら本当は楽勝なんだ。カンソウもヒルダもマルコも俺の敵じゃねぇ!」

 デズーカが怒りの咆哮を上げる。

 審判が手を上げた。

「では、第一試合、フレデリック対デズーカ、始め!」

「うおおりゃああっ!」

 プレートメイルを纏った強面の巨漢が大喝し、剣を振り下ろす。

 フレデリックはそれを受け止めた。体格通り、膂力はあるのだ、この男は。フレデリックは剣越しにデズーカを観察していた。だが、プレートメイルは伊達が過ぎる。足を引っ張るだけだ。このようにな。

 フレデリックは足払いを仕掛けた。

 デズーカが慌てて距離を取るが、明らかに鎧の重さでよろめいていた。

 フレデリックは体当たりをぶつけて巨漢を倒すと剣をその胸にトンと突き付けた。

「勝者、フレデリック!」

 だが、観客は沸かない。雨のせいでまばらだった観客が更に減ったように思えた。フレデリック対デズーカという魅力も無い対決が初戦に来て嫌気が差したのだろう。

 デズーカが雨に打たれながら何事かを叫んだが、フレデリックは聞き流し、次の挑戦者を待った。ここからが本番である。

 歩んで来たのがヒルダだったのでフレデリックは安堵した。彼女となら良い試合ができそうだ。もちろん、自分の動き次第だ。ヒルダは強い。

 タオルをかぶった観客らがまばらに、ヒルダの名を叫んだ。

「今日こそ、倒す。いい試合にしよう」

「そうですね、雨の中来てくれたお客さん達のためにも、いい試合にしましょう」

 ヒルダが笑んだ。革製の籠手と帽子には雨の雫の痕が残っている。

「第二試合、フレデリック対ヒルダ、始め!」

 審判が宣言するや、二人は同時に突撃した。同じく突き出した剣を同じく身を捻って躱していた。

 観客達が驚いた声を上げた。

「ヒルダと、誰だ、戦っているのは?」

「分からねぇ、だけど、やりそうな奴だ」

 ヒルダとフレデリックは木剣をぶつけ合った。

「観客に興味が戻った。さすがだな、ヒルダ」

「それはあなたのおかげでもありますよ」

 両者は一旦、離れ、ヒルダが短い木剣を投擲してきた。

 ここだ!

 フレデリックには分かる。これは目くらましで、ヒルダは既に間合いに再度飛び込もうとしてるのを。だが投擲も粗暴なものではなく正確に顔を狙っているから厄介だ。

 フレデリックは上半身を引いて投擲を避けるや、剣を振り下ろした。

 衝撃が身体を走る。やはり、ヒルダは仕掛けていた。

 歓声が上がる。

 フレデリックはヒルダと再び剣越しに睨み合っていた。

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